退院から1ヶ月後。
俺は定期検査のため外来を受診していた。
リハビリにはこれまでも週2回通っていたけど。病棟には上がってない。
退院の日、俺は想に告白した。『本気で好きになったから、これからも付き合ってほしい』と。そしてあっさりふられた。
『君のお陰で、僕は前向きな気持ちになれた。
注文している義足が来て歩けるようになったら、また学校に通って、次は普通に彼女を作るつもりだ』
と言われて。
気まぐれで人を振り回しやがって、と腹が立ったから、一度も会いに行かなかった。
それでも、未だにあいつのことは、喉に刺さった魚の小骨のように気になっていて。
「あいつは……、倉石は歩けるようになった?」
俺の質問に、診察を終えた青木先生は驚いた顔をした。
「彼は君に、そう言ったのか?」
「義足が来て歩けるようになったら、また学校に通うつってたけど」
そっか、と呟き、先生は机の引き出しから、白い封筒を取り出した。
「君がもし彼のことを訊ねたら、これを渡してほしいと託かっていた。何も訊ねなければ、処分してもらって構わないと」
表に「諏訪部丈二様」と達筆な字で書かれている。
ある一つの予感が脳裏を掠めて。受け取る手が震えた。
「彼と彼の両親が君になら話していいって言ってたから話すけど、彼は、骨肉腫っていう骨の癌でね。足を切断したけど再発して、抗癌剤もうまく効かなくて、これ以上治療法がない状態だったんだ。ホスピスに移ることを勧めていたけど、彼自身が嫌がっていた。僕はまだ、人生でやりたいことの一つもできてないからって言って」
本当は、どこかで予感していた。夜中に咳き込む彼の背中を擦っていたときから。
もしかして、想は治らない病気なんじゃないかって。あまり先が長くないんじゃないかって。
だから、想にフラれたとき、腹が立つと同時に、正直ホッとしている自分もいたと思う。彼が弱っていく姿を、見なくてすむことに。俺が想を捨てるんじゃなく、想が俺を捨てるんだってことに。
最初の一滴が、握りしめた手紙の上にぽつんと落ちたと思ったら。目頭から鼻の頭へ、しょっぱい水が次から次へと伝いはじめた。
「そんな彼が、君が入院して1週間くらいした頃に、君が退院したら僕もホスピスに行くって言い出したんだ。最後は笑顔で病棟を去っていったよ。『短い人生だったけど、夢が二つも叶ったから僕は満足だ』って言って。数日前に、彼が亡くなったと転院先から報告が来た」
手の甲で、濡れた目元を乱暴に拭う。
「俺……。あいつに、無神経なことも、酷いこともいっぱい言った」
義足のことも後悔してるし、学校が面白くない、勉強しても意味がない、大人になりたくない、何気なく口にしていたそれらの愚痴の全てが、彼を傷つけていたのではないかと今になって思える。
しかも別れ際には。
『お前みたいなひ弱な奴に、彼女なんかできるわけないだろ』
とも言った。
最低だった。全てを取り消したい。謝りたい。
嗚咽を堪えて、うぐっと変な声が洩れる。
「彼も、君に馬鹿とかアホとか、失礼なことをいっぱい言ったって反省してたから。きっとお互い様だ」
先生が笑って、項垂れた俺の頭をぽんと叩く。
ありがとうございましたと震える声で口にし、診察室を後にした。