「恥ずかしがる必要なんてない。むしろ、俺はお前を褒めたいくらいだ。俺のボディガードとして満点の動きだった」
そして満足げににやりと口角を上げると、俯く私の頭をぽんっと撫でた。渡世に自分の行動を肯定してもらったことで、羞恥心も不思議と薄れていく。
「……そうだよね。私からすれば、たかが鼻血、されど鼻血なんだからっ!」
「ああ。そうだな。二階から走ってくるお前、ヒーローみたいだった」
ヒーローって……私、女なんですけど。渡世がうれしそうだから、その言葉は声に出さずに飲み込んでおいた。
渡世は私の頭から手を離すと、また歩き始めた。
本来ならこのまま渡世と一緒に体育館へ向かわなければならないが、今戻るとクラスメイトから注目を浴びる羽目になるだろう。その後きっと渡世との関係を突っ込まれ、面倒くさい思いをするのが目に見えている。そうなる原因を作ったのは自分たちであっても、面倒なものは面倒だ。六限目は科学の実習だし、これまたあまり気乗りしない。……よし。決めた。
「ねぇ、渡世」
足を止めたまま、私は渡世の背中に向かって声をかける。
振り向いた渡世に、私はこんな提案をしてみた。
「今日はこのままサボって帰らない?」
今の私は、そういう気分だった。授業をサボるなんて今までしたことはない。同じくサボりなんかに無縁であろう渡世がこの話に乗る確率はかなり低いと思うけど、初めて悪いことをするならこのまま渡世も道連れにしちゃえ、なんて思ったり。渡世に断られたらひとりで帰ろうと思ったけど、ボディガードが先に帰ることを渡世が許してくれるかは謎だ。
渡世は目を少し見開いて、はっとした表情を見せたあと言う。
「……それ、俺が言おうと思ってた」
どうやら私たちは同じことを考えていたみたい。
私が先に提案したことに、渡世は驚いたと言っていた。今日の私は無意識に渡世を驚かせがちだ。
あとで怒られることを覚悟して、私たちは制服に着替えてこっそり学校を後にした。授業中だからか外に先生はいなくて、なんとか見つからずに済んだ。
サボりって、こんなにドキドキするんだ。高校二年生にして、初めて学校でこんなスリルを味わった。
体育の授業中にまた小雨が降ったようで、コンクリートからは雨のにおいがする。今はほとんどやんでいて傘は必要なさそうだ。
「ていうかさ、なんで顔面でボール受けちゃったの。渡世なら軽々と避けそうなのに」
水たまりを避けながら、渡世と並んで帰り道を歩く。
「お前のこと見てたら予期せぬ方向からボールが飛んできたんだ。それに、お前も俺のこと見てただろ」
言われてみれば、渡世がボールにぶつかったのは私と目が合ってすぐのことだった。
「私はボディガードとして渡世のことを気にしてただけだもん」
「ふーん。ボディガートとしてね。その割には、目が合ったらすぐ逸らしたよな?」
うっ、バレてる。
あの時は、私が渡世を見ていることを本人に気づかれて、妙に気恥ずかしかったのだ。
「結果、俺は鼻血を出す羽目になった」
「……ご、ごめん」
よくわからないけど、私が悪いみたいに流れになってない? でも渡世のよそ見の原因が私にあったのだとしたら、間違ってはいないのでここは素直に謝っておく。
すると、びゅうっと音を立てて大きな風が吹いた。雨が降っていたことも相まって、今日はいつもより肌寒く感じて肩をすくめる。
そして満足げににやりと口角を上げると、俯く私の頭をぽんっと撫でた。渡世に自分の行動を肯定してもらったことで、羞恥心も不思議と薄れていく。
「……そうだよね。私からすれば、たかが鼻血、されど鼻血なんだからっ!」
「ああ。そうだな。二階から走ってくるお前、ヒーローみたいだった」
ヒーローって……私、女なんですけど。渡世がうれしそうだから、その言葉は声に出さずに飲み込んでおいた。
渡世は私の頭から手を離すと、また歩き始めた。
本来ならこのまま渡世と一緒に体育館へ向かわなければならないが、今戻るとクラスメイトから注目を浴びる羽目になるだろう。その後きっと渡世との関係を突っ込まれ、面倒くさい思いをするのが目に見えている。そうなる原因を作ったのは自分たちであっても、面倒なものは面倒だ。六限目は科学の実習だし、これまたあまり気乗りしない。……よし。決めた。
「ねぇ、渡世」
足を止めたまま、私は渡世の背中に向かって声をかける。
振り向いた渡世に、私はこんな提案をしてみた。
「今日はこのままサボって帰らない?」
今の私は、そういう気分だった。授業をサボるなんて今までしたことはない。同じくサボりなんかに無縁であろう渡世がこの話に乗る確率はかなり低いと思うけど、初めて悪いことをするならこのまま渡世も道連れにしちゃえ、なんて思ったり。渡世に断られたらひとりで帰ろうと思ったけど、ボディガードが先に帰ることを渡世が許してくれるかは謎だ。
渡世は目を少し見開いて、はっとした表情を見せたあと言う。
「……それ、俺が言おうと思ってた」
どうやら私たちは同じことを考えていたみたい。
私が先に提案したことに、渡世は驚いたと言っていた。今日の私は無意識に渡世を驚かせがちだ。
あとで怒られることを覚悟して、私たちは制服に着替えてこっそり学校を後にした。授業中だからか外に先生はいなくて、なんとか見つからずに済んだ。
サボりって、こんなにドキドキするんだ。高校二年生にして、初めて学校でこんなスリルを味わった。
体育の授業中にまた小雨が降ったようで、コンクリートからは雨のにおいがする。今はほとんどやんでいて傘は必要なさそうだ。
「ていうかさ、なんで顔面でボール受けちゃったの。渡世なら軽々と避けそうなのに」
水たまりを避けながら、渡世と並んで帰り道を歩く。
「お前のこと見てたら予期せぬ方向からボールが飛んできたんだ。それに、お前も俺のこと見てただろ」
言われてみれば、渡世がボールにぶつかったのは私と目が合ってすぐのことだった。
「私はボディガードとして渡世のことを気にしてただけだもん」
「ふーん。ボディガートとしてね。その割には、目が合ったらすぐ逸らしたよな?」
うっ、バレてる。
あの時は、私が渡世を見ていることを本人に気づかれて、妙に気恥ずかしかったのだ。
「結果、俺は鼻血を出す羽目になった」
「……ご、ごめん」
よくわからないけど、私が悪いみたいに流れになってない? でも渡世のよそ見の原因が私にあったのだとしたら、間違ってはいないのでここは素直に謝っておく。
すると、びゅうっと音を立てて大きな風が吹いた。雨が降っていたことも相まって、今日はいつもより肌寒く感じて肩をすくめる。