「えーっと……その人を見るだけで、きゅんってしたら?」

恋愛の始まりなんて、考えたことがないし、体験したこともない。少女漫画やドラマを見て得た知識だけで、私は適当にそう言った。

「俺は……ひとりの時に何度も頭にその人が思い浮かぶなら、それは始まりだと思う」

 渡世は真剣な顔をして、私の目を見てそう言った。一瞬時間が止まったように、私の動きも思考も停止する。
 ひとりの時に何度も頭にその人が――つまり、学校以外の一緒にいない時間に渡世のことを考えている私は……。

「それって私が渡世に恋してるって言いたいの?」
「してるとは言ってない。これは俺の個人的な考えだ」

 してはないけど、始まってるって遠回しに言っているようにしか聞こえない。
 もしかして、未来透視の話も本当は私に好かれたくて、渡世が嘘をついたんじゃないのかと思えてきた。しかし、渡世がそこまでして私に好かれたい理由がわからない。

「けど、これは俺の実体験。そう聞くと説得力が増しただろ? 天才の言うことだからな」

 今日の渡世はやたらと鼻につく言い方が多い。だがそんなことよりも。

「渡世って、恋したことあるの!?」

 そっちのほうが、私にとってはびっくり仰天ニュースだった。

「心外だな。そんなに恋愛とは無縁そうな男に見えてたのか?」

 むっとした顔をして渡世は言った。

「無縁っていうか……そういうのに興味なさそうに見えたから。ねぇ、本当にあるの? 誰かを好きになったこと」

 渡世は私をじっと見つめたあと、雨上がりの曇り空を見つめながら、小さく微笑んで口を開いた。

「……あるよ。何回も」

 誰かを慈しむような優しい顔をする渡世を見て、私の胸がざわざわとし始める。
 私はどこかで、渡世は自分と同じだと思い込んでいた。恋愛経験がなくて、周りに興味がない、ちょっと冷めた高校生だと。
 だけど、渡世は誰かを好きになった経験がある。その事実を知った途端、急に渡世が私よりずっと大人に見えて、置いて行かれたような気持ちになった。なんだか切なくて……寂しい。
 私は渡世になにも言い返すことができないまま、お弁当箱を持つ手にぎゅっと力が入った。そして最後に残しておいた甘い卵焼きが喉を通らなないまま、昼休みは終わりを告げた。