あれから、五年の月日が経った。
 高校を卒業した私は、特にやりたいこともなく、お母さんが趣味で開いた駄菓子屋の手伝いをして過ごしていた。よく言えば自営業の手伝い。実態は、親のすねかじりのフリーターである。
 この五年でお母さんはすっかり駄菓子に飽きたようで、今ではジム通いにハマり朝から運動に励んでいる。母はあんなに多趣味なのに、私はなぜこんなに無趣味なのか。
 まぁ、駄菓子に飽きてくれたおかげで、私に仕事が回ってきたのだけど。常連さんもできたし、フリーターの私のためにも店を畳むつもりはないようだ。

 ――渡世とは、一度も会っていなければ連絡もとっていない。
 
 連絡先は変えられていて、どこにいるのか探る手段がなくなった。
 
 渡世の実家を訪ねてみたこともあったが、既に空き家になっていた。家族ごと引っ越したのならそりゃあそうかと思いつつ、あの引き戸の向こうからおばさんがやってくるのを少し期待してしまった。

 彼が今どこでなにをしているのか。
 生きているのか。
 死んでいるのか。

 私はなにもわからない。
 ……渡世はたぶん、わざと自分の生死をわからないようにしたのだろう。私が、間違いを起こさないために。未来を歩み続けるために。

最後まで、用心深いやつなんだから。

 ――ねぇ渡世。
 おかげさまで、私は元気にやっています。大人になっても、学生時代みたいに平凡な毎日を送っています。あんなに刺激的な日々は、きっとこの先一生ないと思う。

 そういえば、ゆかりと高遠がこの前入籍したんだよ。
 私、いつの間にかふたりと親友になっちゃって、卒業後もずっと連絡とってたんだ。この私がクラスいちばんのモテ女子とムードメーカーと親友だなんてすごいでしょう? 渡世が戻ってきたら、改めてふたりを紹介するから仲良くしてよね。ふたりは過去のことは水に流すってさ。

 小堀先生は、まだあの学校で先生やってるよ。
 渡世の病気のことを話せるのは先生だけだったから、渡世がいなくなってから、先生にはずいぶんお世話になっちゃった。もし生きてるなら、先生にも元気な顔を見せにいってあげてよね。
 
 ほかに、なにか言いたいことはあるかな。 
 うーん。……あ、大事なことを最後に。

 私は今も、初恋をこじらせてるよ。つまりね、渡世のことばっかり考えてるよ。
 
 
 ――心の中で、渡世への想いが溢れ出る。
 声には出せない気持ちは、いつもこうして心の中で綴っている。声に出してもどうせ渡世に届かないのだから、心で思うのと変わらない。

 私はお母さんに頼まれていた駄菓子の補充を終えると、レジに座って誰もいない店内をぼーっと眺めていた。
 平日のお昼はほとんどお客さんがこない。店番とは名ばかりで、ただ椅子に座ってうとうとしているのみ。そうやっていると、勝手に時間が過ぎている。もっと有効に時間を使えと言われるかもしれないが、私はこの時間が結構好きだったりする。

 今日もいい感じに眠気が襲ってきたところで、店内のお菓子を物色する音が聞こえた。

「……あ、い、いらっしゃいませー」

 ギリギリのところで意識を取り戻し、背筋をピンと伸ばす。
 こんな時間にお客さんがくるなんて珍しいな……。
 レジから立ち上がってどんな人か見ようと思ったが、お客さんに不審がられそうなので一旦やめておいた。

 すると、すぐにお客さんがこちらにやって来た。薄めのパーカーにフードを被った、背の高い男の人だった。買うものが決まっていたのか、選ぶ時間はかなり短かった。

「あの、貼り紙のやつやりたいんですけど」
「ああ。おまけじゃんけんですね」

 まだ残っていた子供に人気のじゃんけんを、まさかこんな大きな人に頼まれるとは思わなかった。年齢制限を設けているわけではないため、私は立ち上がって対応することにした。

「……癖はちゃんと直したか? ――紬」

 じゃんけんのために、長めに作られたTシャツの袖をまくっていると、頭上からそんな声が聞こえた。

 はっとして顔を上げる。フードのせいでよく目元が見えない。
 その時、びゅうっと音を立てて大きな風が舞い込んでいた。結構な強風で、その風は邪魔な彼のフードを後ろにずらしてくれた。

「…………」
「……なんだよ。そんなに見つめて」
「……おかえり」
「……うん」
「おかえり――全」

 やっと恥ずかしがらずに呼べたその名前。

 「ただいま」と優しく目を細める彼の頭に、風に飛ばされた桜のはなびらが舞い落ちた。