それは、三月になる直前のことだった。
渡世の都合で、五日ほど面会ができない日が続いた。
 五日後、早く学校が終わったので日課のように病院へ足を運ぶと……渡世はいなくなっていた。

「……渡世?」

 本当に本当に、唐突な出来事だった。私は驚きすぎて、現状を把握できずにいた。とりあえず、心臓の音がやけにうるさく聞こえる。

「あら、朝倉さん?」

 もぬけの殻になった病室の前で立ち止まる私に、背後から声がかかる。振り向いた先で立っていたのは、よく顔を合わしていた渡世の担当看護師さんだった。

「どうしたの? 全くんなら、今日の朝に転院しちゃったわよ」
「転院!?」

 そんな話は一度も聞いていない。

「……ねぇ、嘘よね。まさか朝倉さんが知らないなんて。いや、全くんならありえるか……」

 この状況を察してか、看護師さんは大きなため息をついた。話を聞くと、渡世は家族で海外の病院に転院することを決めたらしい。……かなりの一大決心だったようだ。健康面だけでなく金銭面など、いろいろな障害があっただろう。

 ――それでも可能性に賭けたんだね。渡世。

 看護師さんの話を聞いて、全身の力がすぅっと抜けていくのがわかる。
 渡世は生きることを諦めなかった。そのうえでの決断だった。

「……でも、別れの挨拶くらいしてくれてもいいのに」

 ぼそっと呟く。しないところが渡世らしいといえば渡世らしいのが、また鼻についた。

 誰もいなくなった病室。
いつも渡世が寝ていたはずのベッドに近づくと、丁寧にセットされたベッドシーツの上に、一通の手紙と、洒落っ気のない茶色い紙袋が置かれていた。

 線の薄い、細い綺麗な文字で『朝倉へ』と書かれているその手紙は、間違いなく渡世が私宛に書いたものだった。

「なるほど。これが渡世なりの挨拶ってこと?」

 独り言を喋りながら、私は手紙の封を開ける。
 私に対する想いが長ったらしく綴られているかと思いきや、手紙の内容は至ってシンプルだった。

〝朝倉へ。俺はどこに行っても、お前のことを考えてる〟

「……馬鹿。私もだよ」

 私たちは、互いに一度も『好き』とは言わなかった。
 だけど、ふたりとも恋愛に関して同じ認識をしている。

 ――その人がいない時でも、その人のことを考えていたら、きっとそれが恋なのだと。

 手紙の最後は、小さな文字でこう書かれている。

〝P.S 早めのホワイトデー。俺の好きなお菓子。倍返しは、またいつか〟

「……なんだろ」

 と言っても、少し予想はついている。
 渡世が好きなお菓子といったら、アレしかないのだ。

「やっぱりね」

 茶色い紙袋を開けると、たくさんの駄菓子が詰められていた。駄菓子屋の娘に駄菓子を贈るとは、渡世ったらセンスのかけらもない。これは将来絶対に倍返ししてもらわなくちゃね。

「……またね。渡世全」

 私の前に現れた、未来の視える天才様。そして、私を死神にした張本人。

 ぐすっと鼻をすすると、紙袋のにおいが鼻を掠めた。
 開きっ放しにされた窓から吹く風は、五日前吹いた風よりも温かい。

 冬が終わりを告げる。私と渡世の関係も、ここで一度、終わりを告げた。