目の前で見たことないくらい泣きじゃくり、だけど渡世は、とても嬉しそうに微笑んでいる。
私は指先で渡世の涙を拭ったが、量が多くてその行為はあまり意味をなさなかった。代わりに首に巻いていたマフラーをタオルがわりに使い、ごしごしと渡世の涙を拭いてあげた。
「……馬鹿、汚れるだろ。せっかくお前がくれたのに」
「私があげたんだから、汚しても怒らないよ」
渡世の話は、とてもじゃないけど現実的なものとは思えなかった。
でも私はそれ以上に、彼が嘘をついているとも思えなかった。
時折言っていた意味深な言葉。なにかに対して、既に知っているかのような口ぶりを渡世はよくしていた。私が疑問に思ったことへの答えをくれない理由も、今の話を聞いてわかった気がする。
渡世は今まで、私にここでなんて言われてきたのだろうか。
『一緒に生きて』と告げた時、渡世の目が大きく揺らいだ。それを見て、私は渡世の予想外の言葉を放ったのだと感じた。
それと同時に。今までの自分がなんて言ったかもわかってしまった。最終的にいつも、私たちは一緒に死んでいたのだとしたら……過去六回、私は渡世に……。
「……死神ってさ、渡世じゃないと思うよ」
「……なんで? ていうか、突然どうしたんだ」
「だってさ、どう考えても私のほうが死神だよ。渡世に憑く死神。最初から死神が憑いてたのは私じゃなくて、渡世のほうだったってこと」
六回とも死神の馬鹿な願いを聞き入れるなんて、渡世も相当な馬鹿だなと、心の中で思った。私にとって渡世が死神っていうなら、渡世にとって私は死神で。
死神同士で何度も恋愛していたら、そりゃあハッピーエンドになんて辿りつけないはずだ。だが、当時の私たちにとっては、一緒に苦しみから解放されることがなによりのハッピーエンドだったのかな。
「でも、朝倉がいなくたって――結局俺は……」
「ねぇ、さっきの話聞いてた? 私言ったよね。渡世との未来を諦めないって。余命が絶対なんてことはないでしょう。移植ができて、治るかもしれない」
心臓移植は常に多くの人が待機状態になっており、今の時点で移植の話が回ってきていない渡世は絶望的なのだと、この前こっそり看護師さんが話しているのを聞いた。それでも――。
「ここから先の未来は、渡世だってどうなるか知らないでしょう?」
「――!」
渡世はいつも、ここで私と命を落としていた。
だとしたら、これからの時間は私たちにとって未知の時間だ。可能性なら無限に広がっている。
「結論から言うと、今日本当に言いたかったことは――私はただ、あなたと一緒にいたいです」
そこに、ふたりで生きる未来はきっとある。
せっかく涙が引っ込んだのに、渡世の目がまた潤み始める。普段あんなにクールな渡世が、ここまで泣き虫だなんて知らなかった。
今まで辛い涙を誰も知らないところで流していたのだと思うと、私の前で流している涙は、とても愛しく思えた。
「……いつまで一緒にいられるかわからないぞ」
「死ぬかどうかもわかんないじゃん」
「俺が死んでも、今度こそお前は死ぬなよ」
「やだ。私を死なせたくないなら、自分が死なないようにしてよね」
「……はあ。お前ってやつは」
呆れた顔をしたあと、渡世はふっと笑う。
私は見慣れた渡世の笑顔をまた見られて、とても幸せな気持ちになった。
「ゆかりの言ってたこと、本当だったなぁ」
「……森田さんになにか言われたのか?」
おもわず呟いた。渡世は、この場面でゆかりの名前が出たことに驚いたようだ。
「うん。なにを言われたかは女の子同士の秘密だけどね。……私の背中を押してくれたのはゆかりなんだよ。びっくりでしょ」
「ああ。それは予想外だ」
小堀先生の涙、ゆかりの後押し、渡世の両親からの温かい言葉。
全部を受け取って、私は渡世と生きたいと心から思えた。
「ふふ。まだまだ渡世が知らないことがたくさん起きるよ。例えば、私が将来お医者さんになって渡世の病気を治す未来があったり――」
「お前が医者? 死ぬ気で頑張っても無理だろ」
ちょっとした夢物語を語るつもりが、ばっさりと渡世に斬り捨てられる。
「ちょっと! 人がせっかく渡世のことを想って――っ!」
言いかけたところで、渡世に抱きしめられた。
背中と後頭部に添えられる渡世の細くてきれいな手。腕にぐっと力が入り、私たちの密着度がさらに増した。
「……ありがとう。朝倉」
耳元で聞こえる、愛おしげな渡世の声。こんなのはずるい。反則だ。もっともっと、好きになってしまうじゃない。私に生きてほしいくせにこんなことして、先に死んだら容赦しないんだから。
私は無言で渡世の背中に手を回し、そのまましばらく抱きしめ合った。存在を確認しあうように。私たちは今、ふたりとも生きて、この日を超えようとしているのだと。
その後、渡世を探していた看護師さんたちに見つかり、私たちは急いで病室へと戻された。ふたり仲良く揃ってお説教を受けて、私は笑顔で渡世に手を振ると、寒空の下帰路についた。
私は指先で渡世の涙を拭ったが、量が多くてその行為はあまり意味をなさなかった。代わりに首に巻いていたマフラーをタオルがわりに使い、ごしごしと渡世の涙を拭いてあげた。
「……馬鹿、汚れるだろ。せっかくお前がくれたのに」
「私があげたんだから、汚しても怒らないよ」
渡世の話は、とてもじゃないけど現実的なものとは思えなかった。
でも私はそれ以上に、彼が嘘をついているとも思えなかった。
時折言っていた意味深な言葉。なにかに対して、既に知っているかのような口ぶりを渡世はよくしていた。私が疑問に思ったことへの答えをくれない理由も、今の話を聞いてわかった気がする。
渡世は今まで、私にここでなんて言われてきたのだろうか。
『一緒に生きて』と告げた時、渡世の目が大きく揺らいだ。それを見て、私は渡世の予想外の言葉を放ったのだと感じた。
それと同時に。今までの自分がなんて言ったかもわかってしまった。最終的にいつも、私たちは一緒に死んでいたのだとしたら……過去六回、私は渡世に……。
「……死神ってさ、渡世じゃないと思うよ」
「……なんで? ていうか、突然どうしたんだ」
「だってさ、どう考えても私のほうが死神だよ。渡世に憑く死神。最初から死神が憑いてたのは私じゃなくて、渡世のほうだったってこと」
六回とも死神の馬鹿な願いを聞き入れるなんて、渡世も相当な馬鹿だなと、心の中で思った。私にとって渡世が死神っていうなら、渡世にとって私は死神で。
死神同士で何度も恋愛していたら、そりゃあハッピーエンドになんて辿りつけないはずだ。だが、当時の私たちにとっては、一緒に苦しみから解放されることがなによりのハッピーエンドだったのかな。
「でも、朝倉がいなくたって――結局俺は……」
「ねぇ、さっきの話聞いてた? 私言ったよね。渡世との未来を諦めないって。余命が絶対なんてことはないでしょう。移植ができて、治るかもしれない」
心臓移植は常に多くの人が待機状態になっており、今の時点で移植の話が回ってきていない渡世は絶望的なのだと、この前こっそり看護師さんが話しているのを聞いた。それでも――。
「ここから先の未来は、渡世だってどうなるか知らないでしょう?」
「――!」
渡世はいつも、ここで私と命を落としていた。
だとしたら、これからの時間は私たちにとって未知の時間だ。可能性なら無限に広がっている。
「結論から言うと、今日本当に言いたかったことは――私はただ、あなたと一緒にいたいです」
そこに、ふたりで生きる未来はきっとある。
せっかく涙が引っ込んだのに、渡世の目がまた潤み始める。普段あんなにクールな渡世が、ここまで泣き虫だなんて知らなかった。
今まで辛い涙を誰も知らないところで流していたのだと思うと、私の前で流している涙は、とても愛しく思えた。
「……いつまで一緒にいられるかわからないぞ」
「死ぬかどうかもわかんないじゃん」
「俺が死んでも、今度こそお前は死ぬなよ」
「やだ。私を死なせたくないなら、自分が死なないようにしてよね」
「……はあ。お前ってやつは」
呆れた顔をしたあと、渡世はふっと笑う。
私は見慣れた渡世の笑顔をまた見られて、とても幸せな気持ちになった。
「ゆかりの言ってたこと、本当だったなぁ」
「……森田さんになにか言われたのか?」
おもわず呟いた。渡世は、この場面でゆかりの名前が出たことに驚いたようだ。
「うん。なにを言われたかは女の子同士の秘密だけどね。……私の背中を押してくれたのはゆかりなんだよ。びっくりでしょ」
「ああ。それは予想外だ」
小堀先生の涙、ゆかりの後押し、渡世の両親からの温かい言葉。
全部を受け取って、私は渡世と生きたいと心から思えた。
「ふふ。まだまだ渡世が知らないことがたくさん起きるよ。例えば、私が将来お医者さんになって渡世の病気を治す未来があったり――」
「お前が医者? 死ぬ気で頑張っても無理だろ」
ちょっとした夢物語を語るつもりが、ばっさりと渡世に斬り捨てられる。
「ちょっと! 人がせっかく渡世のことを想って――っ!」
言いかけたところで、渡世に抱きしめられた。
背中と後頭部に添えられる渡世の細くてきれいな手。腕にぐっと力が入り、私たちの密着度がさらに増した。
「……ありがとう。朝倉」
耳元で聞こえる、愛おしげな渡世の声。こんなのはずるい。反則だ。もっともっと、好きになってしまうじゃない。私に生きてほしいくせにこんなことして、先に死んだら容赦しないんだから。
私は無言で渡世の背中に手を回し、そのまましばらく抱きしめ合った。存在を確認しあうように。私たちは今、ふたりとも生きて、この日を超えようとしているのだと。
その後、渡世を探していた看護師さんたちに見つかり、私たちは急いで病室へと戻された。ふたり仲良く揃ってお説教を受けて、私は笑顔で渡世に手を振ると、寒空の下帰路についた。