そして迎えた七回目。
 
 毎回、朝倉を好きにならないようにしようと思うものの、既に彼女に恋い焦がれている時点で無駄な決意だった。だから今回は、なるべく接触しないということを諦めて、自分から朝倉を愛しにいこうと決めた。余命が半年だと先に伝えることは今回もしなかった。……俺の中で、それを先に言うことは、朝倉との日々を諦めるのと同じだった。

 ついでに、未来透視の噂を利用して、俺たちが両想いになることも教えてやろう。ここまできたら、一度俺の好き放題動いてみよう。

 俺を好きになるとお前は死ぬ、なんて怖い未来を知ったお前は、どんな行動をとるのだろう。俺に、どんな感情を抱くのだろう。心中するとはさすがに言えないから、お前の後追いってことにしといてやろう。

 とりあえず、時間が許す限りずっと一緒にいるために――。

『朝倉。お前、俺のボディガードをしたらどうだ?』

 その結果、今までと違うことがたくさん起きた。
 ボディガードという関係を結んだおかげで、今までよりいちばん朝倉と一緒にいられた。俺に意味深なことを言われて、次第に俺を意識していく可愛い朝倉を見ることができた。
 森田は高遠と付き合って、朝倉は自ら修学旅行に行くのをやめて、俺のところに来てくれた。
 誕生日が楽しくて幸せで、死んでもいいと思った。

 七回目のループは、今まででいちばん楽しくて、幸せだった。
 でも、俺が死ぬという現実だけは変わらない。
 朝倉に余命のことがバレる瞬間は、何回目であろうと死ぬほどつらかった。それでも今回は――。

** *

「うまくいくって思ったんだ。朝倉は俺の死を乗り越えて、今日……ここへは来ないはずだって、期待してた」

 七回目の二月九日。
 病室の扉が開いて朝倉の姿が見えた瞬間、今回も俺たちは終わりを迎える運命なのだと悟った。
 
「でも、お前はきた。俺に頼みがあるんだろ? ……俺は、なんでも受け入れる覚悟はできてる」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな話急にされたって、信じられない」
「信じられなくても事実なんだ。現に、辻褄が合うことが多いだろ? 俺は何度もお前と、この九月から二月までを繰り返してる。だから未来を知っていた。……お前が死んでしまうのは、俺がいるからなんだ。俺がずっと、朝倉をこの時空に縛り付けて――お前から、未来を奪ってる」

 俺の死に絶望した朝倉はいつだって、自らの死を選ぶんだ。

「……お前に憑いてる死神は、俺のことだよ」
「……!」

 いつまで経ってもまとわりつく、厄介な死神だ。お前が俺を成仏させてくれない限り、何度だって俺は蘇るのだから。

「これが、俺が話したかったこと。次は朝倉の番」
「……わ、私は」

 朝倉がなにを言うかわかっている。
 二月十日、屋上。このふたつの条件が揃った時、言われる言葉はいつも同じだ。
 
 彼女はきっと、俺にこうお願いする。

〝一緒に死のう〟と。

 最初から今まで、この願いが変わったことはない。

 朝倉は弱い人間だ。そして俺もまた、弱い人間で。
 俺たちにとっての最善策は、一緒にこの世からいなくなって、ふたりとも悲しむことなくこの初恋を終わらせることだった。大人になったら絶対にできない、ひとつの汚れもない純粋な恋心のまま。
 俺たちになにか欲求があるとするならば、ただ、もっと一緒にいたいという欲だけだ。
 あまりに綺麗で儚くて、なにも知らない幼すぎる恋だった。俺はこんなに清純で、悲しい恋をほかに知らない。知ろうとも思わない。

 朝倉に生きてほしくてループしているはずなのに、馬鹿のひとつ覚えみたいに朝倉が望む未来に飛び込んでいく。
 傍から見たら終わりのない、意味のないループに見えることだろう。だから、俺は今回こそ終わらせようと思った。朝倉に会うのは、今回で最後にしようと決めていた。
 
 ――まぁ、結局同じ結末になるんだけどな。

 次はどうしようか。いっそこのまま、一生この時空に取り込まれていようか。
 そんなことを思っていると、朝倉が大きく深呼吸して、ゆっくりと口を開いた。

「渡世にお願いがあるの。今までの私も、同じことを言ったのかもしれないけど……そのうえで、だめになっちゃったのかもしれない。それでもね、私と……」
 
 俺は、朝倉の願いをなんでも叶える。何度だって、一緒に――。

「一緒に生きて。渡世」
「……は」

 予想外の言葉に、大きな衝撃が走る。そんな願いは、今まで聞いたことがない。

「一緒に、明日を楽しみにしながら生きよう。……私ね、渡世との明日(みらい)を諦めたりしないよ」

 朝倉はそう言って、涙を浮かべて微笑んだ。細められた瞳は冬の空みたいに曇っているけど、その中に夜空に輝く星のような光を見つけた。その光を見た瞬間、俺の瞳からぼろぼろと涙が溢れだす。

「……っ」

 声にならない。言葉が出てこない。涙が止まらない。

 今、気が付いた。
 俺は、朝倉のためにループしていたんじゃない。
 だってそうしたいなら、心を鬼にしてでも朝倉と出会わない選択肢を選べばよかったんだ。自分は先立つ人間だと、恋に落ちる前に教えてやればよかったんだ。
それなのに、いつも余命のことを隠して、朝倉のそばにい続けた。

 何度も死を繰り返し、自分を死神と呼びながら――俺はずっと、待っていたんだ。

「……ああ。一緒に生きよう……朝倉」

 お前が俺に、そう言ってくれるのを。