依存しあってしまったのだ。俺は朝倉に。朝倉は俺に。
初めて知った恋という感情は、俺たちを病にかけて狂わせた。
誰かを好きになるということは、自分自身を幸福にさせ、崩壊もさせる。
死ぬほど不安になって、死ぬほど喜んで、喜怒哀楽すべてが好きな人によって作られていく。
依存しあうといっても、べたべたくっついたり、甘い言葉を囁き合うような関係ではなかった。心の奥底から繋がっているような、信頼関係にも似たものだ。うまく説明できないが、俺たちはお互いが存在することに安心感を覚え、一緒にいると何物にも代えられない居心地のよさがあった。
冬休み、検診で短期入院する予定だった俺は、自分の誕生日だけは朝倉の家で過ごすことを許してもらった。両親は、俺がひとりのクラスメイトと深い仲になっていることに驚き、喜び――そして、複雑そうにしていた。
誕生日プレゼントにはマフラーをもらった。
『周りはみんなつけているのに、渡世はつけていないから』と朝倉は言った。……俺は余命が近いから、三学期はほとんど登校できない。だから敢えてマフラーを買わなかったんだとは言えなかった。来年も再来年も、冬がきたらずっとこのマフラーをつけられたらどんなに幸せか。最高に幸せな誕生日を過ごした帰り道、俺は涙が止まらなかった。もらったばかりのマフラーに水滴が落ち、落ちた部分だけ色濃く染まっていった。
誕生日の次の日、大きな発作が起きた。
予想通り入院生活に戻り、俺は学校へ行けなくなった。
なんの連絡もせず連日休んだ俺を、朝倉はどう思っているのか。俺はなにも連絡することができず、ただ病室のベッドから窓の外を眺めていた。窓から見える大きな木に桜が咲くころ、俺はもう、この部屋にすらいないのだろうか。
数日後、なぜか朝倉が病院にやってきた。
なんでもおばあちゃんが俺と同じ病院に入院しているようで、偶然見つかってしまった。
「心配したんだよ。どこか悪いの?」
数日ぶりに見る朝倉は、やっぱりいつもの朝倉で、姿を見るだけで胸がときめいた――痛みに近いときめきだった。
「……ちょっと持病が悪化して。今学期は様子見るために入院するかもしれないけど、春になったら……それも終わる予定だ」
この時曖昧な言い方をしなければ――俺は今、どうなっていたのだろう。
朝倉は春には退院できると解釈したようで、心底ほっとした顔を浮かべ胸を撫でおろしている。
「よかったぁ……心配かけさせないでよ。じゃあ、大丈夫なんだよね?」
「ああ。天才だからな」
「天才様は病気も自力で治せるって? ふふっ」
自分で治せたらどんなによかったか。
無邪気に笑う彼女を見るとやっぱり胸が痛んだが、どうしても言えなかった。俺がこの世からいなくなることを知ったら、朝倉はどうなるのか。きっと今俺が感じている何百倍も、胸を痛めて――心を、崩壊させてしまうかもしれない。俺が逆の立場だったら絶対にそうなる。
二月八日。
朝倉が初めて両親と顔を合わせた。両親は一度、病院前で朝倉を見かけたと話していた。俺が家に帰ってよく話していたクラスメイトを目の当たりにして、両親はやっぱり嬉しそうな、でも複雑そうな……母に至っては、今にも泣きだしそうな顔をしていた。朝倉は、そんな母を不思議そうに見つめていた。
両親と朝倉が病室を出て行って三十分後。
朝倉が血相を変えて病室に戻って来た。俺は彼女の怒りと苦しみと悲しみ、あらゆる感情が混ざったその顔を見て、すべてを一瞬で悟った。バレたのだ。俺の病気のことが。
俺は両親に、余命のことは絶対クラスのやつには話さないでくれと釘を刺していた。どこから漏れたのだろうか。
「……別れ際、親御さんが病院の先生と話してるの聞こえちゃった」
……なるほど。そういう経緯か。まったく、大事な話をする時はもっと周りを見てほしい。今さら気を付けてもらったところで、もう手遅れだけど。
「渡世……死んじゃうの?」
「……ああ。ごめん」
修学旅行の時と違って、何度謝っても朝倉は笑顔を返してくれなかった。許してもくれなかった。当たり前だ。こんな大事なことを隠していたんだ。また笑いかけてもらえるとも、許してもらえるとも思っていない。ただ、謝りたかった。謝る以外、なんて言えばいいかわからなかった。
面会時間が過ぎて、看護師さんに何度注意されても朝倉は俺のベッドから離れようとしなかった。ずっとずっと泣き続けて、涙も枯れて――やっと、看護師さんに背中をさすられながら病室を出ていった。
泣かせてしまった。傷つけてしまった。
俺が、朝倉に関わったから。本来いないはずだった存在の俺が、あの教室に、朝倉の人生に、あつかましくも顔を出してしまったせいだ。
二月九日。俺はこの日を、〝運命と終わりの日〟と呼んでいる。
この日、朝倉は面会時間ギリギリにひとりで病室にやって来た。憔悴しきった顔をして、寝ていないのだとすぐにわかった。そして……精神状態がまともでないことも。
とりあえず、ここにいるとまた看護師さんに帰らされる。俺は自分のせいでこんなふうになってしまった朝倉を放っておけなかった。俺自身も――ここにきてなお、一緒にいたいという気持ちが強かったのもある。
朝倉を連れて、こっそり屋上に上がった。見つかるまではしばらく時間がかかるだろう。それまでゆっくり、朝倉の話を聞いてあげようと思った。
二月の空の下は肌寒く、陽が落ちるのも決して遅くない。
既に空は薄暗く、光のない曇った空は、今の朝倉の瞳の色に似ていた。
「……昨日家に帰ってから、ずっと考えてたの。これからどうしたらいいのかなって」
俺は黙って、彼女の話を聞いていた。
「私ね――やっぱり、渡世がいない世界が考えられない。この先の未来に、なんの楽しみもなくなっちゃった」
朝倉の未来を奪った俺は、
「だからね、渡世、お願いがあるの」
代償として、どんな願いだって叶えてあげようと思った。
「……一緒に」
それがたとえ。
「***」
どんなに残酷で、間違ったものであっても。
「……ああ。いいよ」
この時、やっと朝倉がまた笑った。
俺はどうせ死ぬ。そして朝倉は、俺のいない未来を捨てた。
朝倉が望むなら、俺は受け入れる。
どんなに周りに馬鹿だと言われても、止まらなかっただろう。
俺たちは――恋を知ったばかりの、幼すぎる子供だったから。
固く手を繋いで、微笑みあって、俺たちは同時に一歩を踏み出した。
初めて知った恋という感情は、俺たちを病にかけて狂わせた。
誰かを好きになるということは、自分自身を幸福にさせ、崩壊もさせる。
死ぬほど不安になって、死ぬほど喜んで、喜怒哀楽すべてが好きな人によって作られていく。
依存しあうといっても、べたべたくっついたり、甘い言葉を囁き合うような関係ではなかった。心の奥底から繋がっているような、信頼関係にも似たものだ。うまく説明できないが、俺たちはお互いが存在することに安心感を覚え、一緒にいると何物にも代えられない居心地のよさがあった。
冬休み、検診で短期入院する予定だった俺は、自分の誕生日だけは朝倉の家で過ごすことを許してもらった。両親は、俺がひとりのクラスメイトと深い仲になっていることに驚き、喜び――そして、複雑そうにしていた。
誕生日プレゼントにはマフラーをもらった。
『周りはみんなつけているのに、渡世はつけていないから』と朝倉は言った。……俺は余命が近いから、三学期はほとんど登校できない。だから敢えてマフラーを買わなかったんだとは言えなかった。来年も再来年も、冬がきたらずっとこのマフラーをつけられたらどんなに幸せか。最高に幸せな誕生日を過ごした帰り道、俺は涙が止まらなかった。もらったばかりのマフラーに水滴が落ち、落ちた部分だけ色濃く染まっていった。
誕生日の次の日、大きな発作が起きた。
予想通り入院生活に戻り、俺は学校へ行けなくなった。
なんの連絡もせず連日休んだ俺を、朝倉はどう思っているのか。俺はなにも連絡することができず、ただ病室のベッドから窓の外を眺めていた。窓から見える大きな木に桜が咲くころ、俺はもう、この部屋にすらいないのだろうか。
数日後、なぜか朝倉が病院にやってきた。
なんでもおばあちゃんが俺と同じ病院に入院しているようで、偶然見つかってしまった。
「心配したんだよ。どこか悪いの?」
数日ぶりに見る朝倉は、やっぱりいつもの朝倉で、姿を見るだけで胸がときめいた――痛みに近いときめきだった。
「……ちょっと持病が悪化して。今学期は様子見るために入院するかもしれないけど、春になったら……それも終わる予定だ」
この時曖昧な言い方をしなければ――俺は今、どうなっていたのだろう。
朝倉は春には退院できると解釈したようで、心底ほっとした顔を浮かべ胸を撫でおろしている。
「よかったぁ……心配かけさせないでよ。じゃあ、大丈夫なんだよね?」
「ああ。天才だからな」
「天才様は病気も自力で治せるって? ふふっ」
自分で治せたらどんなによかったか。
無邪気に笑う彼女を見るとやっぱり胸が痛んだが、どうしても言えなかった。俺がこの世からいなくなることを知ったら、朝倉はどうなるのか。きっと今俺が感じている何百倍も、胸を痛めて――心を、崩壊させてしまうかもしれない。俺が逆の立場だったら絶対にそうなる。
二月八日。
朝倉が初めて両親と顔を合わせた。両親は一度、病院前で朝倉を見かけたと話していた。俺が家に帰ってよく話していたクラスメイトを目の当たりにして、両親はやっぱり嬉しそうな、でも複雑そうな……母に至っては、今にも泣きだしそうな顔をしていた。朝倉は、そんな母を不思議そうに見つめていた。
両親と朝倉が病室を出て行って三十分後。
朝倉が血相を変えて病室に戻って来た。俺は彼女の怒りと苦しみと悲しみ、あらゆる感情が混ざったその顔を見て、すべてを一瞬で悟った。バレたのだ。俺の病気のことが。
俺は両親に、余命のことは絶対クラスのやつには話さないでくれと釘を刺していた。どこから漏れたのだろうか。
「……別れ際、親御さんが病院の先生と話してるの聞こえちゃった」
……なるほど。そういう経緯か。まったく、大事な話をする時はもっと周りを見てほしい。今さら気を付けてもらったところで、もう手遅れだけど。
「渡世……死んじゃうの?」
「……ああ。ごめん」
修学旅行の時と違って、何度謝っても朝倉は笑顔を返してくれなかった。許してもくれなかった。当たり前だ。こんな大事なことを隠していたんだ。また笑いかけてもらえるとも、許してもらえるとも思っていない。ただ、謝りたかった。謝る以外、なんて言えばいいかわからなかった。
面会時間が過ぎて、看護師さんに何度注意されても朝倉は俺のベッドから離れようとしなかった。ずっとずっと泣き続けて、涙も枯れて――やっと、看護師さんに背中をさすられながら病室を出ていった。
泣かせてしまった。傷つけてしまった。
俺が、朝倉に関わったから。本来いないはずだった存在の俺が、あの教室に、朝倉の人生に、あつかましくも顔を出してしまったせいだ。
二月九日。俺はこの日を、〝運命と終わりの日〟と呼んでいる。
この日、朝倉は面会時間ギリギリにひとりで病室にやって来た。憔悴しきった顔をして、寝ていないのだとすぐにわかった。そして……精神状態がまともでないことも。
とりあえず、ここにいるとまた看護師さんに帰らされる。俺は自分のせいでこんなふうになってしまった朝倉を放っておけなかった。俺自身も――ここにきてなお、一緒にいたいという気持ちが強かったのもある。
朝倉を連れて、こっそり屋上に上がった。見つかるまではしばらく時間がかかるだろう。それまでゆっくり、朝倉の話を聞いてあげようと思った。
二月の空の下は肌寒く、陽が落ちるのも決して遅くない。
既に空は薄暗く、光のない曇った空は、今の朝倉の瞳の色に似ていた。
「……昨日家に帰ってから、ずっと考えてたの。これからどうしたらいいのかなって」
俺は黙って、彼女の話を聞いていた。
「私ね――やっぱり、渡世がいない世界が考えられない。この先の未来に、なんの楽しみもなくなっちゃった」
朝倉の未来を奪った俺は、
「だからね、渡世、お願いがあるの」
代償として、どんな願いだって叶えてあげようと思った。
「……一緒に」
それがたとえ。
「***」
どんなに残酷で、間違ったものであっても。
「……ああ。いいよ」
この時、やっと朝倉がまた笑った。
俺はどうせ死ぬ。そして朝倉は、俺のいない未来を捨てた。
朝倉が望むなら、俺は受け入れる。
どんなに周りに馬鹿だと言われても、止まらなかっただろう。
俺たちは――恋を知ったばかりの、幼すぎる子供だったから。
固く手を繋いで、微笑みあって、俺たちは同時に一歩を踏み出した。