その後、俺は森田に改めて告白の返事をしに行った。朝倉の言っていた通り、修学旅行はダメだったけど、告白を断られるとは思っていなかったようで、森田に大泣きされてしまった。森田を泣かせたことでクラスメイトからヘイトを集めてしまったが、朝倉だけはいつもと変わらず俺と一緒にいてくれた。俺は全然それだけで満足だった。朝倉さえいれば、学校は楽しい。この学校という場所で――唯一の、俺の居場所。

 この時の俺は、正常な判断ができなかった。人を好きになったことが初めてで、自分の感情をうまくコントロールできなかった。

 だから、朝倉に無理をさせてしまった。

 修学旅行当日、俺は朝倉の見送りに行った。いつも別れる信号で、駅に向かう朝倉に「楽しんで来いよ」と声をかけるつもりだった。
 でも、大きな荷物を抱えてこちらに向かってくる朝倉を見ると、また俺の中にもやもやした感情が渦巻いた。俺がいないのに、どうして朝倉は修学旅行に行くのか。俺の知らないところで、俺の知らない彼女が笑っているのかと思うと、言うはずだった言葉が喉の奥でつかえる。

「……行かないでくれ。朝倉」
「……渡世?」
「俺が行けないのに、行かないでくれよ」
「……」

 情けない声を出して、情けない姿を朝倉に晒した。
 俺は彼女の両腕にしがみついて、朝の路上で必死に朝倉を引き留めた。嫌だったんだ。好きな人が、届かない場所に行ってしまうのが。
 俺には時間がない。限りある時間の中で、少しでも多く一緒にいたい。
 完全にひとりよがりで、身勝手すぎる欲望だ。しかし、朝倉はそんな俺の願いを聞いてくれた。あまりに必死だったから、なにかあると思ったのだろう。

 朝倉は修学旅行に行かなかった。いや、行けなかった。

 事情を説明するために朝倉の家に引き返すと、おばさんが驚いた顔で店先まで出てきた。きっと修学旅行のために、いろいろ一緒に準備したのだろう。そう思うと、大事な娘の高校生活での思い出をひとつ潰してしまったことを、今になって死ぬほど申し訳なく思った。
 俺のただならぬ空気を察してか、おばさんもそれ以上なにも言ってこなかった。

 その時の朝倉は、なんともいえない顔をしていたのをよく覚えている。
 俺に同情しているような、悲しそうな――とにかく、困った顔をしていた。

 ああ、俺は自分のわがままを押し付けて、朝倉に迷惑をかけてしまった。
 朝倉からしてみたら、俺がいないことなんてたいしたことじゃなかったんだ。
 急に不安が押し寄せて、俺は家に帰ろうとした。そんな俺を朝倉が引き留めて、結局、修学旅行に行くはずだった二日間は、ずっと朝倉とふたりで過ごした。夜はさすがに自分の家に帰っていたけど……。
 場所は家の近くの公園だったり、朝倉の家だったり。適当な場所で時間を潰した。

「……ごめん」
「うん。大丈夫」
「本当にごめん。朝倉」
「大丈夫だってば。もう、何回謝るの」

 罪悪感でいっぱいの俺は、せっかくふたりでいられた時間のほとんどを謝罪に費やした。

「……俺のこと、嫌いになっただろ?」
「……まさか。むしろその逆。渡世って、私がいなきゃだめなんだなって実感させられたよ。それにさ――嫌いだったら、今一緒にいるわけないでしょう?」

 不安定になっている俺を元気づけるように、朝倉は優しく俺に笑いかけた。その笑顔に、どれだけ救われたかわからない。

「俺、朝倉がいないとだめだ」
「うん。知ってる」
「でも――朝倉は、俺がいなくても大丈夫でいてほしい」
「……なんでそんなこと言うの?」

 朝倉は、こんなになるまで俺に好意を抱かないでほしいと思った。俺は朝倉に会えなくなる未来を知っている。だけど、彼女はそんなこと知らない。

「そんなの無理だよ。私だって、渡世がいないとだめだよ。私をこんなふうにしたのは渡世なんだから、責任とってよね」

 気恥ずかしそうに俯く朝倉の横顔は、今まで見た中でいちばん綺麗で、気が付いたら俺は彼女を思い切り抱きしめていた。朝倉は黙ってそれを受け入れてくれた。
 言葉にしなくても互いの気持ちが伝わる。鼓動の音で、どれだけ互いを意識しているかがわかる。好きだ、とは言わなくても――たしかに想いは通じ合っていた。

 ――ここから、俺たちが堕ちるまではあっという間だった。