「私の死ぬ原因はそもそも渡世の死からきてるから、その原因を阻止すればいいってこと？」
「そういうこと」
「ていうか、渡世が死ぬってのはどうしてなの？ 未来がわかるなら、どうやって死ぬかもわかるんじゃない？」
自分が死ぬなんて未来を視て、なぜこんなに冷静でいられるのか。渡世は、死なずに済む方法をすでにわかっているから余裕なのだろうか。
「お前の未来を視たら自分が死ぬって運命も一緒に視えたんだ。俺が自分のことでわかってるのは、死因が不慮の事故とか、不運なことってくらいかな」
渡世は人の未来は透視するが、自分のことは詳しく視られないと言った。
「……自分が死ぬ未来を視て、どうしてそんな冷静でいられるわけ？ 怖いって気持ちとかないの？ やっぱり嘘ついてからかってるんじゃ――」
「何度言えばわかるんだ。信じる信じないは置いといて、俺の言っていることに嘘はない。それに冷静でいられるからといって、怖くないわけでもな。……俺だって、このまま黙って自分の死を待つつもりはない。未来なんて無限の可能性がある。自分次第で変えられるんだ」
自分次第で未来は変えられる……か。
だから怖い未来を視ても、そうならないよう行動すればいいってこと？
「じゃあ、渡世はなにか策でも考えてるの？ 私たちが死なない未来のための」
グラウンドからまた、生徒たちの元気な掛け声が聞こえてくる。それをBGMに、私たちはさっきから死ぬ死なないの話ばかり。窓一枚隔てた空間で、あまりにも温度差が違ってなんだか笑えてきた。
「朝倉。お前、俺のボディガードをしたらどうだ？」
「……は？」
渡世の考えた策って、これ？
私よりずっと背も高くて、力だってある……いや、細いからもしかしたら私のほうが力が強いかもしれないけど。だとしてもだ。
「ふつう逆じゃないの？ 男の渡世を私がボディガードするって、おかしくない？」
「俺の死を阻止するんだから、俺が守られないと意味ないだろう。それに……」
わずかに開いた窓から、風がびゅうっと吹き抜ける。秋の風にしては、暖かな風だった。
「お前が守ってくれたら、俺は死なないで済みそうだからさ」
頬杖をつきながら、ふっと渡世は微笑んだ。風で前髪が揺れて、渡世の表情がいつもよりよく見える。とても綺麗でどこか儚げな彼の笑顔に、おもわず目を奪われてしまった。
いつも前髪のせいで顔が見えないけど……渡世ってすごく整った顔をしてるんだ。
「……朝倉？」
ぼーっとする私を見て、渡世が不思議そうに首を傾げた。はっと我に返り、私は慌てて返事をする。
「え、えーっと。私が渡世を守ることができたら未来が変わるって話だよね」
「そうだ。これから半年間――つまり高校二年生を無事終えられれば、俺たちは死なないで済む」
渡世の未来透視だと、渡世の死は半年以内に起きるところまではわかっている。だからこの半年を渡世が耐え抜けば、私が死ぬ未来も一緒に消え去るということ。
「で、どうするんだ？ ボディガード、やってくれるのか？」
こんなお願いをされるのは初めてだ。しかも異性に。加えて、嘘か本当かもわからない動機で。
だけど残りの高校二年生の間、私は特にやることがない。やりたいことはもっとない。だったら……誰かに頼まれたことをやってみてもいい気がする。未来透視が本当ならば、これは私にとって〝やらなければならないこと〟にもなるし。
「わかった。引き受ける。残りの数か月、うさんくさい話に乗ってあげようじゃない」
口ではそう言ったものの、渡世の言葉を嘘だと思う気持ちは、どうしてか最初よりもかなり薄れてきていた。
「じゃあ決まりだな。よろしくな。ボディガードさん」
渡世は初めて話したときと同じ意地悪な笑みを見せて、日誌で私の頭をポンと軽く叩いた。痛みなんて一ミリもないが、渡世に優位に立たれている感じがなんだか気に食わない。
「言っとくけど仕方なくだからね？ 渡世のためじゃなくて、私のためにやるだけだから」
勘違いしないでよねと釘を刺すと、渡世は「わかってるから、そんなにむきになるな」とクスクスと笑った。
「……あ、あとさ、私に死神が憑いてるって話なんだけど」
渡世に未来透視をされた日、もうひとつ渡世に気がかりなことを言われたのだ。私の背後に、強力な死神が憑いているとかなんとか。
お化けなんて信じてない。だけど死ぬなんて未来透視をされた挙句死神が憑いているなんて言われたら、嫌でも気になってしまう。なによりあれからクラスの数人が、怖がって私に近づいてこなくなった。このままだと私自体が死神扱いされそうで迷惑だ。
「これって神社にお祓いに行ったほうがいいレベル？」
「無駄だ。今のところ、なにをしても離れる気配がない」
「えぇっ！？ だったらなおさら、お祓いに行くべきなんじゃ……」
「お祓いに行っても離れないと思うぞ。無駄だからあきらめろ」
お祓いが効かないって、かなりやばいレベルだと思うが。それからなにを言っても、渡世は「無駄」と断言し続けた。
「死神っていっても、そこまで悪そうな霊には見えない。ただお前と一緒にいたいだけなんじゃないか？」
「死神に好かれてもうれしくないんですけど……」
「はは。それはそうだ」
他人事だと思って、渡世はあまり深刻に考えてくれなかった。今のところ私になにか危害があるわけでもないし、姿も見えない。一度放っておいて、悪いことが起きたら神社に足を運んでみよう。
「そろそろ帰るか。日誌も書き終えたし」
渡世は日誌を片手に立ち上がると、机の横にかかっていた鞄を肩に担いだ。また颯爽と教室から出ていくのかと思いきや、渡世は足をピタリと止めて私のほうを振り返る。
「なにしてるんだ。行くぞ」
「えっ？ 一緒に帰る流れだったの？」
「帰り道、もし俺が車に轢かれたりでもしたらどうするんだ？ ボディガードなら、俺の安全を確保しながら一緒に帰ってもらわないと」
――もしかして、これから毎日こうして渡世のことを見てなければならないのか。
そう思うと、おもわず本音がポロリと漏れる。
「……めんどくさ」
ボディガードも、渡世自身も。
小声で呟いたあと、私は大きなため息をついて、鞄を持って立ち上がった。
「なにか言ったか？」
「いいえ。なんでもありません」
いや、いくらめんどくさくたって、これは自分のためだ。
数秒後すぐにそう思いなおしている時点で、私は渡世の言葉に毒されているのだと気づく。
十月初めの放課後、オレンジ色に染まった空の下を、私たちは初めて並んで歩いた。
「そういうこと」
「ていうか、渡世が死ぬってのはどうしてなの？ 未来がわかるなら、どうやって死ぬかもわかるんじゃない？」
自分が死ぬなんて未来を視て、なぜこんなに冷静でいられるのか。渡世は、死なずに済む方法をすでにわかっているから余裕なのだろうか。
「お前の未来を視たら自分が死ぬって運命も一緒に視えたんだ。俺が自分のことでわかってるのは、死因が不慮の事故とか、不運なことってくらいかな」
渡世は人の未来は透視するが、自分のことは詳しく視られないと言った。
「……自分が死ぬ未来を視て、どうしてそんな冷静でいられるわけ？ 怖いって気持ちとかないの？ やっぱり嘘ついてからかってるんじゃ――」
「何度言えばわかるんだ。信じる信じないは置いといて、俺の言っていることに嘘はない。それに冷静でいられるからといって、怖くないわけでもな。……俺だって、このまま黙って自分の死を待つつもりはない。未来なんて無限の可能性がある。自分次第で変えられるんだ」
自分次第で未来は変えられる……か。
だから怖い未来を視ても、そうならないよう行動すればいいってこと？
「じゃあ、渡世はなにか策でも考えてるの？ 私たちが死なない未来のための」
グラウンドからまた、生徒たちの元気な掛け声が聞こえてくる。それをBGMに、私たちはさっきから死ぬ死なないの話ばかり。窓一枚隔てた空間で、あまりにも温度差が違ってなんだか笑えてきた。
「朝倉。お前、俺のボディガードをしたらどうだ？」
「……は？」
渡世の考えた策って、これ？
私よりずっと背も高くて、力だってある……いや、細いからもしかしたら私のほうが力が強いかもしれないけど。だとしてもだ。
「ふつう逆じゃないの？ 男の渡世を私がボディガードするって、おかしくない？」
「俺の死を阻止するんだから、俺が守られないと意味ないだろう。それに……」
わずかに開いた窓から、風がびゅうっと吹き抜ける。秋の風にしては、暖かな風だった。
「お前が守ってくれたら、俺は死なないで済みそうだからさ」
頬杖をつきながら、ふっと渡世は微笑んだ。風で前髪が揺れて、渡世の表情がいつもよりよく見える。とても綺麗でどこか儚げな彼の笑顔に、おもわず目を奪われてしまった。
いつも前髪のせいで顔が見えないけど……渡世ってすごく整った顔をしてるんだ。
「……朝倉？」
ぼーっとする私を見て、渡世が不思議そうに首を傾げた。はっと我に返り、私は慌てて返事をする。
「え、えーっと。私が渡世を守ることができたら未来が変わるって話だよね」
「そうだ。これから半年間――つまり高校二年生を無事終えられれば、俺たちは死なないで済む」
渡世の未来透視だと、渡世の死は半年以内に起きるところまではわかっている。だからこの半年を渡世が耐え抜けば、私が死ぬ未来も一緒に消え去るということ。
「で、どうするんだ？ ボディガード、やってくれるのか？」
こんなお願いをされるのは初めてだ。しかも異性に。加えて、嘘か本当かもわからない動機で。
だけど残りの高校二年生の間、私は特にやることがない。やりたいことはもっとない。だったら……誰かに頼まれたことをやってみてもいい気がする。未来透視が本当ならば、これは私にとって〝やらなければならないこと〟にもなるし。
「わかった。引き受ける。残りの数か月、うさんくさい話に乗ってあげようじゃない」
口ではそう言ったものの、渡世の言葉を嘘だと思う気持ちは、どうしてか最初よりもかなり薄れてきていた。
「じゃあ決まりだな。よろしくな。ボディガードさん」
渡世は初めて話したときと同じ意地悪な笑みを見せて、日誌で私の頭をポンと軽く叩いた。痛みなんて一ミリもないが、渡世に優位に立たれている感じがなんだか気に食わない。
「言っとくけど仕方なくだからね？ 渡世のためじゃなくて、私のためにやるだけだから」
勘違いしないでよねと釘を刺すと、渡世は「わかってるから、そんなにむきになるな」とクスクスと笑った。
「……あ、あとさ、私に死神が憑いてるって話なんだけど」
渡世に未来透視をされた日、もうひとつ渡世に気がかりなことを言われたのだ。私の背後に、強力な死神が憑いているとかなんとか。
お化けなんて信じてない。だけど死ぬなんて未来透視をされた挙句死神が憑いているなんて言われたら、嫌でも気になってしまう。なによりあれからクラスの数人が、怖がって私に近づいてこなくなった。このままだと私自体が死神扱いされそうで迷惑だ。
「これって神社にお祓いに行ったほうがいいレベル？」
「無駄だ。今のところ、なにをしても離れる気配がない」
「えぇっ！？ だったらなおさら、お祓いに行くべきなんじゃ……」
「お祓いに行っても離れないと思うぞ。無駄だからあきらめろ」
お祓いが効かないって、かなりやばいレベルだと思うが。それからなにを言っても、渡世は「無駄」と断言し続けた。
「死神っていっても、そこまで悪そうな霊には見えない。ただお前と一緒にいたいだけなんじゃないか？」
「死神に好かれてもうれしくないんですけど……」
「はは。それはそうだ」
他人事だと思って、渡世はあまり深刻に考えてくれなかった。今のところ私になにか危害があるわけでもないし、姿も見えない。一度放っておいて、悪いことが起きたら神社に足を運んでみよう。
「そろそろ帰るか。日誌も書き終えたし」
渡世は日誌を片手に立ち上がると、机の横にかかっていた鞄を肩に担いだ。また颯爽と教室から出ていくのかと思いきや、渡世は足をピタリと止めて私のほうを振り返る。
「なにしてるんだ。行くぞ」
「えっ？ 一緒に帰る流れだったの？」
「帰り道、もし俺が車に轢かれたりでもしたらどうするんだ？ ボディガードなら、俺の安全を確保しながら一緒に帰ってもらわないと」
――もしかして、これから毎日こうして渡世のことを見てなければならないのか。
そう思うと、おもわず本音がポロリと漏れる。
「……めんどくさ」
ボディガードも、渡世自身も。
小声で呟いたあと、私は大きなため息をついて、鞄を持って立ち上がった。
「なにか言ったか？」
「いいえ。なんでもありません」
いや、いくらめんどくさくたって、これは自分のためだ。
数秒後すぐにそう思いなおしている時点で、私は渡世の言葉に毒されているのだと気づく。
十月初めの放課後、オレンジ色に染まった空の下を、私たちは初めて並んで歩いた。
