「いや、森田さんのことはまだよく知らないから」
「じゃあじゃあっ! 付き合う上で知って行けばいいじゃない? 近々修学旅行っていう特大イベントもあるし、そこで私と渡世くん、お互いのことをもっと知れば――」
「その前に、俺は修学旅行に行かないし」
「えぇっ!?」

 朝倉と森田の声が教室内に響いた。高遠はというと、まだ魂が抜けている。
 俺は修学旅行に行かない旨をその場で適当に説明した。家庭の事情、とかいう理由をつけて。本当は、いつ発作が出るかわからないから行けないだけだ。

「そんなのやだ! 私、渡世くんと行けるの楽しみにしてたのに……っ!」

 そんなこと言われても……大体俺は、行けたとしても森田と一緒に周る気なんてない。

「渡世くんが来ないなら、全部意味ないじゃん……!」

 森田はよほどショックだったのか、作業を放り投げて教室から出て行ってしまった。

「えっ、森田!?」
 
 放心状態だった高遠が我に返り、慌てて森田を追いかけた。教室には俺と朝倉のふたりだけが残る。作業はまだ終わっておらず、俺は気まずい空気のまま、またペンを走らせた。

「……なんで俺が修学旅行に行かないことで、森田さんがあんなに怒るんだろうな」

 純粋に疑問に思い、ぼそっと呟く。

「……ゆかり、修学旅行までに渡世と付き合って、渡世と修学旅行を楽しみたかったんだよ。高校生活の思い出として」
「へぇ……俺と付き合えるなんて確証もないのに?」
「わからないけど自信あったんじゃない? ゆかりって可愛いからモテるしさ。フラれるとか考えてなかったんだと思うよ。現に振ってないじゃん。……渡世はどうするつもりなの?」
「……断るよ。俺、森田さんに対してなんの感情もないし」

 というか、告白の返事をする前に向こうが出ていったから、振る時間をもらえなかっただけだ。
 朝倉は俺が森田を振ると言っても、ずっと不満げな顔を浮かべていた。そして少し機嫌が悪そうに口を開いた。

「修学旅行、来ないんだね」
「……ああ」
「そっか。……なんだ。私もちょっと楽しみにしてたのに。ゆかりの気持ち、若干わかるかも」

 寂しそうに呟き、俯く朝倉の顔を見ると、なんだかとても罪悪感が芽生えた。もしかすると朝倉は、俺との修学旅行を楽しみにしてくれていたのではないだろうか。そんな考えが頭をよぎる。

「ごめん。俺も行きたかったんだけど」
「しょうがないよ。ていうか、なんで渡世が謝るの。私は私なりに楽しんでくるよ」
「お前……俺がいなくても楽しめるのか?」
「もう。渡世以外友達いないみたいな言い方しないでよね」

 朝倉が渇いた笑いを漏らす。たしかに朝倉は俺と違って、ほかのやつとも一応うまくはやっている。だから、旅行に行ってもそれなりの時間は過ごせるだろう。
 だけど、俺はこの時なぜかショックだった。俺がいないと楽しくないと、朝倉に言ってほしかったのだと思う。この時点で俺はきっと、朝倉に依存し始めていた。それに――。

「最近俺、よく朝倉のこと考えるんだ。学校が終わって家に帰ってからも、休日も。ふとした時いつも、お前のことが頭に浮かぶ」

 朝倉がそばにいない時、俺は朝倉のことばかり考えるようになっていた。
 なにしてるんだろうとか、あいつは今、この夕焼けを見てるのだろうかとか。そんなくだらないことだけど。
何気なく放った俺の言葉を聞いて、朝倉は目を丸くしていた。

「それ、私も一緒」
「……一緒?」
「うん。私も最近、気づいたら勝手に渡世のこと考えちゃってる」

 驚いた。どうやら俺たちは同じ症状に悩まされていたらしい。

「これって、なんなんだろうな」
「なんなんだろうね」
「……」
「……」

 俺たちはふたりとも、恋愛に関してはずぶの素人だった。こんなことを言い合っている段階で、俺たちはもう友達の枠を超えていて――でもその先に進んでいることを、どちらも言葉にしようとしなかった。なんなら俺は言葉にしたくなかった。もう戻れない気がしたからだ。

あと数か月でこの世を去る人間が、土壇場で恋を知ってしまうなんて。

「……朝倉は重罪だな」
「えっ? 急になんの話!?」
「ははっ」

 俺の中にある死ぬことへの恐怖は、朝倉と一緒にいるたびに増していき――朝倉に会える明日が楽しみな反面、怖くもあった。だって、必ず終わりがくる。それは決定事項だ。