俺は昔から人間観察が趣味で、そのうちその人の行動や癖を見抜けるようになった。嘘をつくときは声がいつもより高くなるとか、嫌なことがあった日は貧乏ゆすりの速度が速くなるとか、そういう細かいことで。
だから、病院ではたしかに〝渡世くんは超能力者なんじゃないか〟と言われたりしていた。それが先生の耳にも入ったようだ。
「これって……本当なのか?」
まるで機密情報を聞き出すように、小堀先生は小声で俺に聞いた。大人になってもこんな噂を笑い飛ばさずに真面目に聞き入れている先生を見て、俺はちょっと笑いそうになった。
「さあ、どうでしょう?」
「うわぁっ! なんだその不敵な笑みは!」
年上なのにからかい甲斐がある。
「……あ。そうだ。先生、お願いがあるんですが」
「ん? なんだ? 俺にできることならいくらでも聞くぞ」
「今の噂、学校で広めてくれませんか?」
「……どういうことだ?」
俺は小堀先生に頼んで、〝渡世全は人の心が読める超能力者で、いろいろあって学校を長期休んでいた〟という噂を流してもらうことにした。
最初は確実にクラスメイトの興味を引いてしまい、変な奴だと思われそうだがそれでよかった。興味なんて最初だけだろうし、俺がひとりで行動していたって、変な奴だと思われていたらみんな〝あいつはああいう奴なんだ〟と勝手に解釈して放っておいてくれそうだ。
なんの前情報もないまま急に登校すると、今までなにしてたのかとか、こっちの事情も知らずにずかずかと踏みこんでくるやつが絶対現れる。俺は最初によくわからない噂を植え付けておくことで、みんなを俺から遠ざけたかった。
それと――病気のことを、誰にも知られたくなかったのだ。入院して休んでいたなんて知られたら、かわいそうな目で見られる。毎日同情の目を向けられては、俺は学校に行きたくなくなるだろう。できることなら、俺は限界まで学校生活を楽しみたい。
「渡世くんって、人の心が読めるらしいよ」
「えぇ? 嘘でしょ。そんなの」
「でも、その能力を買われていろんな場所に引っ張りだこだったって」
「あぁ~! だから学校休んでたってこと?」
「……話しかけたら心読まれるのかな? なんか話しかけづらくね?」
二学期。俺が学校に登校すると、想像通りクラスメイトは俺に奇異の目を向けてきた。聞こえないと思っているヒソヒソ話もばっちり俺の耳に入っている。教室の喧騒は、思ったより耳障りではなかった。
――小堀先生、俺の頼みを聞いてくれたんだな。
俺の得体のしれない噂はあっという間に広まっていて、狙い通り、効果は抜群だった。
俺自身が周りと仲良くしたい感じを一切出していないからか、誰も話しかけてこようとしない。話したいと思っても、最初に声をかける勇気がないのだろう。「お前が行けよ」「いや、あんたが話しかけなよ」というコントのようなやりとりを、俺は何度も耳にしていた。結果、誰も話しかけてこないのがオチだ。
しかし、登校開始して三日後、俺は小堀先生によってひとりのクラスメイトと強制的にとある接点を持つことになった。
「今日の放課後雑用係決めるぞ~。朝倉と渡世、じゃんけんな」
小堀先生が、出席番号の最初と最後でじゃんけんをさせて、自分の仕事の手伝いをさせる係を決めるという遊びを始めだしたのだ。
それによって、俺はこのクラスで一番遠い席にいる女子――朝倉紬と、定期的にじゃんけんをすることになった。
小堀先生の意図はわからないが、じゃんけんするくらいなら別に俺もいいやと思っていたので、面倒とは思いながらも従っていた。
じゃんけんはいつも俺が勝っていた。最初の二回はまぐれだったが、三回じゃんけんをすると朝倉の細かい癖を見抜けてきた。癖を見抜いたあとは、その法則に従って勝てる手を出すだけだ。俺が連勝するたびに、勝手に噂の信憑性は上がっていき、朝倉は不満そうに眉をひそめるようになった。
――あ、今日も怒ってるな。
雑用が嫌なのか、俺に勝てないことがよほど不服なのか。じゃんけんが終わると、朝倉は自分の出した負けた手を見つめながら、いつも眉間に皺を寄せている。
朝倉は、クラスメイトの中では目立たないが、ある意味目立つやつでもあった。なにしろ、よくわからないやつといえる。
誰かと楽しそうに話していると思ったら、ひとりでどこかに消えていったり。あの女子と仲がいいのかと思うと、全然違うグループと一緒にいたり。女子が好きそうな恋バナや、好きな俳優やアイドルの話で盛り上がっている時は、適当に相槌を打って張り付けたような笑顔を浮かべている。そして、いつの間にかすぅっとその輪を抜けていく。
みんなと適度に仲がいいが、誰とも深く関わろうとしない。ひとりでいる時が、いちばん肩の力が抜けている。
朝倉は、なんにも興味のない人間なのだと数週間見ているだけで理解できた。
他人に興味のない人間は今までも見たことがある。でも、朝倉の場合、自分にもさほど興味がない。
教室内でみんなが盛り上がっているなか、俺たちはひとり、自分の席で窓の向こうを眺めている。
教室の廊下側、いちばん前の席にいる朝倉と、窓際、いちばん後ろの席にいる俺。確実に、俺たちはクラスで浮いていた。朝倉は……自分はうまく立ち回っていると思っていそうだけど。
だから、病院ではたしかに〝渡世くんは超能力者なんじゃないか〟と言われたりしていた。それが先生の耳にも入ったようだ。
「これって……本当なのか?」
まるで機密情報を聞き出すように、小堀先生は小声で俺に聞いた。大人になってもこんな噂を笑い飛ばさずに真面目に聞き入れている先生を見て、俺はちょっと笑いそうになった。
「さあ、どうでしょう?」
「うわぁっ! なんだその不敵な笑みは!」
年上なのにからかい甲斐がある。
「……あ。そうだ。先生、お願いがあるんですが」
「ん? なんだ? 俺にできることならいくらでも聞くぞ」
「今の噂、学校で広めてくれませんか?」
「……どういうことだ?」
俺は小堀先生に頼んで、〝渡世全は人の心が読める超能力者で、いろいろあって学校を長期休んでいた〟という噂を流してもらうことにした。
最初は確実にクラスメイトの興味を引いてしまい、変な奴だと思われそうだがそれでよかった。興味なんて最初だけだろうし、俺がひとりで行動していたって、変な奴だと思われていたらみんな〝あいつはああいう奴なんだ〟と勝手に解釈して放っておいてくれそうだ。
なんの前情報もないまま急に登校すると、今までなにしてたのかとか、こっちの事情も知らずにずかずかと踏みこんでくるやつが絶対現れる。俺は最初によくわからない噂を植え付けておくことで、みんなを俺から遠ざけたかった。
それと――病気のことを、誰にも知られたくなかったのだ。入院して休んでいたなんて知られたら、かわいそうな目で見られる。毎日同情の目を向けられては、俺は学校に行きたくなくなるだろう。できることなら、俺は限界まで学校生活を楽しみたい。
「渡世くんって、人の心が読めるらしいよ」
「えぇ? 嘘でしょ。そんなの」
「でも、その能力を買われていろんな場所に引っ張りだこだったって」
「あぁ~! だから学校休んでたってこと?」
「……話しかけたら心読まれるのかな? なんか話しかけづらくね?」
二学期。俺が学校に登校すると、想像通りクラスメイトは俺に奇異の目を向けてきた。聞こえないと思っているヒソヒソ話もばっちり俺の耳に入っている。教室の喧騒は、思ったより耳障りではなかった。
――小堀先生、俺の頼みを聞いてくれたんだな。
俺の得体のしれない噂はあっという間に広まっていて、狙い通り、効果は抜群だった。
俺自身が周りと仲良くしたい感じを一切出していないからか、誰も話しかけてこようとしない。話したいと思っても、最初に声をかける勇気がないのだろう。「お前が行けよ」「いや、あんたが話しかけなよ」というコントのようなやりとりを、俺は何度も耳にしていた。結果、誰も話しかけてこないのがオチだ。
しかし、登校開始して三日後、俺は小堀先生によってひとりのクラスメイトと強制的にとある接点を持つことになった。
「今日の放課後雑用係決めるぞ~。朝倉と渡世、じゃんけんな」
小堀先生が、出席番号の最初と最後でじゃんけんをさせて、自分の仕事の手伝いをさせる係を決めるという遊びを始めだしたのだ。
それによって、俺はこのクラスで一番遠い席にいる女子――朝倉紬と、定期的にじゃんけんをすることになった。
小堀先生の意図はわからないが、じゃんけんするくらいなら別に俺もいいやと思っていたので、面倒とは思いながらも従っていた。
じゃんけんはいつも俺が勝っていた。最初の二回はまぐれだったが、三回じゃんけんをすると朝倉の細かい癖を見抜けてきた。癖を見抜いたあとは、その法則に従って勝てる手を出すだけだ。俺が連勝するたびに、勝手に噂の信憑性は上がっていき、朝倉は不満そうに眉をひそめるようになった。
――あ、今日も怒ってるな。
雑用が嫌なのか、俺に勝てないことがよほど不服なのか。じゃんけんが終わると、朝倉は自分の出した負けた手を見つめながら、いつも眉間に皺を寄せている。
朝倉は、クラスメイトの中では目立たないが、ある意味目立つやつでもあった。なにしろ、よくわからないやつといえる。
誰かと楽しそうに話していると思ったら、ひとりでどこかに消えていったり。あの女子と仲がいいのかと思うと、全然違うグループと一緒にいたり。女子が好きそうな恋バナや、好きな俳優やアイドルの話で盛り上がっている時は、適当に相槌を打って張り付けたような笑顔を浮かべている。そして、いつの間にかすぅっとその輪を抜けていく。
みんなと適度に仲がいいが、誰とも深く関わろうとしない。ひとりでいる時が、いちばん肩の力が抜けている。
朝倉は、なんにも興味のない人間なのだと数週間見ているだけで理解できた。
他人に興味のない人間は今までも見たことがある。でも、朝倉の場合、自分にもさほど興味がない。
教室内でみんなが盛り上がっているなか、俺たちはひとり、自分の席で窓の向こうを眺めている。
教室の廊下側、いちばん前の席にいる朝倉と、窓際、いちばん後ろの席にいる俺。確実に、俺たちはクラスで浮いていた。朝倉は……自分はうまく立ち回っていると思っていそうだけど。