十八時五十分。私は駅前の総合病院に到着した。面会手続きをしてもらおうと受付に行くと、渡世の名前を出した段階で事情を把握したのか、そのまますんなり通してくれた。

 四階のいちばん端。渡世の名前が書かれた扉を開ける。
 渡世は今日もやっぱり、窓の外を眺めていた。見慣れていたはずの横顔を、約一か月ぶりに見る。そして気づく。自分の心が動いたことに。風に揺れているカーテンみたいに、穏やかな速度で、渡世に会えた喜びがじわじわ広がっていく。

 ゆかりの言っていた通りだ。どんな状況であっても、好きな人を見ると嬉しくなっちゃう。

「渡世」

 扉が開かれたことに気づいていないのか、反対方向を見つめている渡世に声をかけると、渡世は私を見て鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「……朝倉、なんで」
「おばさんとおじさんに協力してもらって」

 にやりと笑って扉を閉めると、渡世は小さな声で「やられた」と呟いた。

「俺、クビにしたはずだけど」
「そうね。でもそれを承認した覚えありませんけど」

 言い返すと渡世は黙った。彼は私に会えて、あまり喜んでいるようには見えなかった。渡世は私を見ても、心が動かなかったのかもしれない。前見た時より弱弱しくなっている渡世を見ると、状態が悪くなっていることを実感させられる。

「……どんなに拒否したって、お前は絶対に今日、俺のところへ来るんだな。今回は大丈夫かもって思ってたけど……」
「……なんの話?」
「いや……それより、お前も俺に話があってきたんだろ?」
「え? まぁ……うん」

 体調はどうですか。どうして私を拒否したのですか。
 今の渡世は、明日が怖いですか――って、話したいことなんてたくさんありすぎてわからない。

「俺もお前に話したいことがある。……時間、あるか?」

 そう言って、渡世は変わらずにテーブルに置かれていたマフラーを手に取ると、自分の首に巻き付けた。

** *

 面会時間は過ぎたというのに、渡世は私を病院の屋上に連れてきた。勝手に病室を出て大丈夫なのかと聞いたが、渡世は「大丈夫」の一点張りだった。普段からよく屋上に行っているのか、慣れた足取りで屋上へ向かうと、ギィっと音を立てて扉を開ける。
 その瞬間、冷たい風が吹きつけてきた。星ひとつない暗い空の下、私たちは屋上から町の景色を眺める。

「……で、話って?」

 私は渡世のほうを向いて問いかけた。
 渡世はしばらく口をつぐんだ後、じっと私を見つめた。

「俺になくて、お前にあるものってなんだと思う?」

 こんなところへ連れてきてまでなんのクイズだと思いつつ頭を捻る。

「……なんだろう。それなりのコミュニケーション能力とか?」
「おい。俺だって本気を出せば人と仲良くなれる」
「えぇ。嘘だぁ」

 自分から誰かと関わろうとしないくせに、と言おうとすると、渡世は真面目な顔と声色で言う。

「未来だ。お前には未来がある」
「……未来」

 これから先、生き続ける限りあるもの。
 渡世はあと少しで宣告された半年を迎える。私と違って、未来がないと言いたいらしい。

「……私の未来もないと一緒だよ。だって私、渡世が死んだら死ぬんでしょ? それが渡世が視た私の未来じゃない」

 あの時はそんなはずがないと笑い飛ばせて、渡世のことをやばいやつだと思っていた。誰がこんな会ったばかりのやつを後追いするのかと。
 でも今は? 私は渡世が死んだあと、後を追わないと言い切れる? 好きな人を失った経験なんて人生で一度もない。今だって、目の前にいる渡世がいなくなるなんて思えないのだ。

「そうだ。あれは、実際に俺が何度も見てきたお前の未来の話だ。俺に会わなければ、お前の未来はもっと続くはずだったのに。……俺がずっと、お前を九月から二月に縛り付けてるんだ」
「……どういうこと?」

 渡世は言った。「今から初めて、未来透視の種明かしをする」と。

「俺がお前と今日屋上に来るのは、これで七度目なんだ」