「あの、渡世と面会させてほしいんです。この前ちょっと言い合いになって、渡世に面会を謝絶すると言われて……どうにかならないでしょうか」
前は頭が混乱していて、きちんとした面会手続きをせずに病室へ駆け込んでしまった。帰り際に病院の看護師さんに注意をされたような記憶がある。目をつけられていたら同じ手は使えない。本当に渡世が面会を拒否していたら手続きをしても会えないかもしれないし、ご両親に協力してもらいたかった。
「……そう。喧嘩でもした? ごめんね。全、あんな状況だから不安定で。でも、こうやってまた会おうとしてくれてありがとう」
不安定だったのは渡世より私のほうだったのに。おばさんはそんなことを知らず、私にお礼を言ってくれた。疲れているのか、よく見るとおばさんの目にはひどい隈があった。前よりやつれているように見える。
「たしかに全は今、家族以外の面会を断っている状況にあるわ」
「やっぱりそうでしたか……でも、どうしても会いたいんです」
「……そうよね。どうしたらいいかしら……私が全に説得して――」
「行きなさい。朝倉さん。私が許可しよう。病院にはこちらからうまく連絡しておく」
「! おじさん」
ずっと私たちの会話を聞いていたのか、渡世のお父さんが後ろから現れて、おばさんの声を遮ってそう言った。
「……いいんですか?」
「ああ。君には感謝しているんだ。学校に行くようになってから、全は本当に楽しそうだった。この十七年間でいちばん、笑うようになったんだ。具合が悪い日も学校に行きたがって、帰ってくるといつも君の話をしていた」
「渡世が私の話を?」
『全からあなたの話を聞いたことがあるわ』と前回おばさんは言っていたが、たいして話してはいないと思っていた。いつも話していたなんて……毎日、ただ平凡に過ごしていただけでおもしろい話はほとんどなかったのに。でも渡世にとっては、その普通の毎日が普通じゃなくて、かけがえのないものだったんだ。
「……あいつは昔からずっと〝明日がくるのが怖い〟と言っていたんだ。いつ病気が悪化するかわからない。いつ死ぬかわからない。余命宣告をされてからも、ずっと怖かったはずだ。明日がくるということは……生きられる日が短くなるということだから」
「……っ!」
おじさんの話を私と一緒に黙っていたおばさんが、耐えきれず手で口元を覆って声を殺して泣いている。おじさんも凛とした態度でいるが、実際は死ぬほどつらいはずだ。明日が来るのが怖いのは、きっとふたりも同じなのだろう。
「でも……君と出会ってから、全はこう言っていた。〝明日が楽しみだ〟と。きっと君に会うことが待ち遠しかったんだろうな。明日を楽しみにしている全を見て、私たちも毎日を大切にしようと改めて思いなおしたよ」
死へのカウントダウンともいえる〝明日〟を、渡世が楽しみになるようになった。それは私と出会えたからだと、おじさんは言ってくれた。
「……私も一緒です。毎日がつまらなくて、適当にやり過ごして……明日を待ち遠しいと思うことなんてなかった。でも渡世に会ってからは、学校へ行くのが楽しみになりました」
学校へ行くと渡世に会える。たったそれだけ、されどそれだけの理由。
「そして今日からは、〝病院に行けば渡世に会える〟ことを楽しみに、明日を待ち遠しいと思えるようになりたいです。渡世にも明日を楽しみに思う気持ちを忘れさせたくない。だから――行ってきます!」
私はご両親に笑顔を見せると、そのまま走り出した。行先はもちろん、渡世のいる病院だ。私が到着するまでのあいだに、おじさんがうまく連絡してくれるだろう。
病院の面会時間はたしか十九時までだったはず。今は十八時半。ギリギリだ。
五分でも一分でもいい。なにも話せなくてもいい。渡世の顔が見たい。
前は頭が混乱していて、きちんとした面会手続きをせずに病室へ駆け込んでしまった。帰り際に病院の看護師さんに注意をされたような記憶がある。目をつけられていたら同じ手は使えない。本当に渡世が面会を拒否していたら手続きをしても会えないかもしれないし、ご両親に協力してもらいたかった。
「……そう。喧嘩でもした? ごめんね。全、あんな状況だから不安定で。でも、こうやってまた会おうとしてくれてありがとう」
不安定だったのは渡世より私のほうだったのに。おばさんはそんなことを知らず、私にお礼を言ってくれた。疲れているのか、よく見るとおばさんの目にはひどい隈があった。前よりやつれているように見える。
「たしかに全は今、家族以外の面会を断っている状況にあるわ」
「やっぱりそうでしたか……でも、どうしても会いたいんです」
「……そうよね。どうしたらいいかしら……私が全に説得して――」
「行きなさい。朝倉さん。私が許可しよう。病院にはこちらからうまく連絡しておく」
「! おじさん」
ずっと私たちの会話を聞いていたのか、渡世のお父さんが後ろから現れて、おばさんの声を遮ってそう言った。
「……いいんですか?」
「ああ。君には感謝しているんだ。学校に行くようになってから、全は本当に楽しそうだった。この十七年間でいちばん、笑うようになったんだ。具合が悪い日も学校に行きたがって、帰ってくるといつも君の話をしていた」
「渡世が私の話を?」
『全からあなたの話を聞いたことがあるわ』と前回おばさんは言っていたが、たいして話してはいないと思っていた。いつも話していたなんて……毎日、ただ平凡に過ごしていただけでおもしろい話はほとんどなかったのに。でも渡世にとっては、その普通の毎日が普通じゃなくて、かけがえのないものだったんだ。
「……あいつは昔からずっと〝明日がくるのが怖い〟と言っていたんだ。いつ病気が悪化するかわからない。いつ死ぬかわからない。余命宣告をされてからも、ずっと怖かったはずだ。明日がくるということは……生きられる日が短くなるということだから」
「……っ!」
おじさんの話を私と一緒に黙っていたおばさんが、耐えきれず手で口元を覆って声を殺して泣いている。おじさんも凛とした態度でいるが、実際は死ぬほどつらいはずだ。明日が来るのが怖いのは、きっとふたりも同じなのだろう。
「でも……君と出会ってから、全はこう言っていた。〝明日が楽しみだ〟と。きっと君に会うことが待ち遠しかったんだろうな。明日を楽しみにしている全を見て、私たちも毎日を大切にしようと改めて思いなおしたよ」
死へのカウントダウンともいえる〝明日〟を、渡世が楽しみになるようになった。それは私と出会えたからだと、おじさんは言ってくれた。
「……私も一緒です。毎日がつまらなくて、適当にやり過ごして……明日を待ち遠しいと思うことなんてなかった。でも渡世に会ってからは、学校へ行くのが楽しみになりました」
学校へ行くと渡世に会える。たったそれだけ、されどそれだけの理由。
「そして今日からは、〝病院に行けば渡世に会える〟ことを楽しみに、明日を待ち遠しいと思えるようになりたいです。渡世にも明日を楽しみに思う気持ちを忘れさせたくない。だから――行ってきます!」
私はご両親に笑顔を見せると、そのまま走り出した。行先はもちろん、渡世のいる病院だ。私が到着するまでのあいだに、おじさんがうまく連絡してくれるだろう。
病院の面会時間はたしか十九時までだったはず。今は十八時半。ギリギリだ。
五分でも一分でもいい。なにも話せなくてもいい。渡世の顔が見たい。