「知ってたんですね。担任だもん。知ってないほうがおかしいか」
「まぁ、そうだな。でも、渡世は誰にも言わないでくれと言ったからずっと黙ってた。この先も言うつもりはない」
「じゃあ……二学期からじゃんけんを私たちにさせるようになったのは、渡世のため?」
知っていたのなら、あのじゃんけんになにか意味がある気がした。
『昔を思い出して』とかなんとか言っていたが、渡世が登校するようになってから始めるというのはタイミングがよすぎる。
「はは。朝倉は鋭いな。渡世のためって言ったらそうかもしれない。でも、俺のエゴだったところが大きいかもな」
エゴって言葉、渡世から聞いた以来だ。どうやらこのクラスにはエゴイズムが少なくともふたりいたらしい。
「俺は渡世に、最初で最後の学校生活を楽しんでほしかった。でもあいつは変わり者で、人と関わろうとしなくて、本人もきっとそれを望んでいたんだと思う。でも、俺はどうにか渡世にクラスでの役割を与えたかった。学校っていう舞台の中で、渡世が主役になる瞬間。大げさな言い方だけど」
「主役って……綺麗な言い方してるけど、雑用係じゃん」
「それはその……細かいことは気にするな!」
おもわず笑ってしまう。だけど言いたいことはわかった。多分、先生は学校の中でなにかやることを渡世に与えたかったのだと思う。それともうひとつありそうだ。なんとなく予想は既についている。
「あとは、人との関わりだ。強制的に誰かとなにかをさせる。じゃんけんだったとしても、それはひとつの大きな繋がりだ。俺はその相手に、朝倉を選んだってわけだ」
「……選んだ? 私が偶然出席番号が一番だったからじゃなくて?」
予想は半分当たって、半分外れた。渡世とクラスメイトが話すきっかけを作りたかったのだろうってのは正解だったけど、敢えて私を選んだっていうのは予想外の答えだ。
「俺は朝倉と渡世なら、本当の友達になれると思った。勝手な考えだけど、直感でピーンときた」
「……私みたいなどこのグループにも属さない生徒が、なんで渡世と仲良くなるなんて思ったんですか」
高遠とかゆかりみたいな、誰とでも分け隔てなく仲良くできそうな明るい性格をしていたわけでもない私が。どちらかというと、私も渡世よりの人間だったのに。
「お前も変わってたから、だな」
「えっ?」
「普通な、高校生っていうのは誰かと一緒にいなきゃって悩むほうが多いんだ。だから仲間外れとかそういったいじめ問題は尽きない。なぜならそれで悩むやつが大勢いるからだ。でもお前は高校生なのにやけに大人びていて、誰とでも仲良くするけど、誰もいなくていいような、独特な雰囲気が出てた」
小堀先生がこんなに私を観察していたこと驚く。適当に見えて、実際は生徒ひとりひとりをちゃんと見ていたのだと知る。
「全然違うように見えて、お前たちはよく似てたよ。そんなお前たちを毎回勝負させたら面白いかなって、最初はそんな軽い気持ちもあった。これがきっかけで仲良くなれば万々歳ってな感じでな。……でも」
小堀先生の声が震え始める。肩を縮こませて下を向くと、先生の真下に置いてあるプリントに水滴が落ちた。私はそれを見て、小堀先生が泣いているのだとわかった。
「俺の想像以上にお前たちは仲良くなって……友達になって……今は友達以上なんだろう?」
「……!」
「わかるんだ。渡世の顔を見ていると、最初に俺と会った時と全然違う顔で笑っていた。それだけで、俺はあいつが朝倉をどういう目で見ているか痛いくらい伝わってきた。俺は……勝手に渡世に同情して、渡世のためにと思って、お前たちふたりに残酷なことをした……悪かった。朝倉にも、つらい思いをさせた」
「……先生」
「なんでだろうなぁ。なんで渡世が、こんな目に遭うんだろうなぁ……」
鼻をずるずるとすすって、情けない顔を丸出しにして、私よりずっと大人の先生が号泣している。その姿を見ていると、抑えていたものが爆発して、私も涙が止まらなくなった。
「……先生は、後悔なんてしなくていいよ」
「……朝倉」
「私、よかったよ。渡世と雑用係を争って、仲良くなって……私、楽しかったよ。だから……残酷なことなんかじゃ、ないよ」
嗚咽まじりになりながら、私は必死に先生に伝えた。
こんな気持ちになるくらいなら、仲良くなるんじゃなかった。最初からただのクラスメイトだったらよかったのにって、最後に渡世に会った時からずっと思っていた。
でも、そうじゃない。渡世と会ってから知ったいろんな気持ちを知らないままでいるほうが、私にとって残酷だった。こんなに苦しくても忘れられない。空っぽになった渡世の席が、愛おしくてたまらない。なんにも関心のなかった私が、誰かのことをここまで想えるようになったのだから。
泣き止んだばかりで目を赤くした小堀先生は、涙に濡れたプリントと名簿を抱えて教室から出ていった。「朝倉も帰れよ」なんて、いつもみたいに笑ってみせて。
どうにもすぐ帰る気にはなれないが、寄り道する場所もない。病院へ行きたいと思ったが、そこまでの勇気が出なかった。「会いに来ないでくれ」と言った渡世の冷たい表情と声色を思い出すと、やっぱり足がすくんでしまう。
ゆっくりと歩き、ゆっくりと靴を履き替える。日も暮れた頃に昇降口を出ると、思いもよらない人物が私を待ち構えていた。
「ゆかり……」
帰りのホームルームが終わると、颯爽と高遠と帰っていったゆかりがそこにいる。高遠は一緒にいないのか見当たらない。
「話したいことがあって」
「まぁ、そうだな。でも、渡世は誰にも言わないでくれと言ったからずっと黙ってた。この先も言うつもりはない」
「じゃあ……二学期からじゃんけんを私たちにさせるようになったのは、渡世のため?」
知っていたのなら、あのじゃんけんになにか意味がある気がした。
『昔を思い出して』とかなんとか言っていたが、渡世が登校するようになってから始めるというのはタイミングがよすぎる。
「はは。朝倉は鋭いな。渡世のためって言ったらそうかもしれない。でも、俺のエゴだったところが大きいかもな」
エゴって言葉、渡世から聞いた以来だ。どうやらこのクラスにはエゴイズムが少なくともふたりいたらしい。
「俺は渡世に、最初で最後の学校生活を楽しんでほしかった。でもあいつは変わり者で、人と関わろうとしなくて、本人もきっとそれを望んでいたんだと思う。でも、俺はどうにか渡世にクラスでの役割を与えたかった。学校っていう舞台の中で、渡世が主役になる瞬間。大げさな言い方だけど」
「主役って……綺麗な言い方してるけど、雑用係じゃん」
「それはその……細かいことは気にするな!」
おもわず笑ってしまう。だけど言いたいことはわかった。多分、先生は学校の中でなにかやることを渡世に与えたかったのだと思う。それともうひとつありそうだ。なんとなく予想は既についている。
「あとは、人との関わりだ。強制的に誰かとなにかをさせる。じゃんけんだったとしても、それはひとつの大きな繋がりだ。俺はその相手に、朝倉を選んだってわけだ」
「……選んだ? 私が偶然出席番号が一番だったからじゃなくて?」
予想は半分当たって、半分外れた。渡世とクラスメイトが話すきっかけを作りたかったのだろうってのは正解だったけど、敢えて私を選んだっていうのは予想外の答えだ。
「俺は朝倉と渡世なら、本当の友達になれると思った。勝手な考えだけど、直感でピーンときた」
「……私みたいなどこのグループにも属さない生徒が、なんで渡世と仲良くなるなんて思ったんですか」
高遠とかゆかりみたいな、誰とでも分け隔てなく仲良くできそうな明るい性格をしていたわけでもない私が。どちらかというと、私も渡世よりの人間だったのに。
「お前も変わってたから、だな」
「えっ?」
「普通な、高校生っていうのは誰かと一緒にいなきゃって悩むほうが多いんだ。だから仲間外れとかそういったいじめ問題は尽きない。なぜならそれで悩むやつが大勢いるからだ。でもお前は高校生なのにやけに大人びていて、誰とでも仲良くするけど、誰もいなくていいような、独特な雰囲気が出てた」
小堀先生がこんなに私を観察していたこと驚く。適当に見えて、実際は生徒ひとりひとりをちゃんと見ていたのだと知る。
「全然違うように見えて、お前たちはよく似てたよ。そんなお前たちを毎回勝負させたら面白いかなって、最初はそんな軽い気持ちもあった。これがきっかけで仲良くなれば万々歳ってな感じでな。……でも」
小堀先生の声が震え始める。肩を縮こませて下を向くと、先生の真下に置いてあるプリントに水滴が落ちた。私はそれを見て、小堀先生が泣いているのだとわかった。
「俺の想像以上にお前たちは仲良くなって……友達になって……今は友達以上なんだろう?」
「……!」
「わかるんだ。渡世の顔を見ていると、最初に俺と会った時と全然違う顔で笑っていた。それだけで、俺はあいつが朝倉をどういう目で見ているか痛いくらい伝わってきた。俺は……勝手に渡世に同情して、渡世のためにと思って、お前たちふたりに残酷なことをした……悪かった。朝倉にも、つらい思いをさせた」
「……先生」
「なんでだろうなぁ。なんで渡世が、こんな目に遭うんだろうなぁ……」
鼻をずるずるとすすって、情けない顔を丸出しにして、私よりずっと大人の先生が号泣している。その姿を見ていると、抑えていたものが爆発して、私も涙が止まらなくなった。
「……先生は、後悔なんてしなくていいよ」
「……朝倉」
「私、よかったよ。渡世と雑用係を争って、仲良くなって……私、楽しかったよ。だから……残酷なことなんかじゃ、ないよ」
嗚咽まじりになりながら、私は必死に先生に伝えた。
こんな気持ちになるくらいなら、仲良くなるんじゃなかった。最初からただのクラスメイトだったらよかったのにって、最後に渡世に会った時からずっと思っていた。
でも、そうじゃない。渡世と会ってから知ったいろんな気持ちを知らないままでいるほうが、私にとって残酷だった。こんなに苦しくても忘れられない。空っぽになった渡世の席が、愛おしくてたまらない。なんにも関心のなかった私が、誰かのことをここまで想えるようになったのだから。
泣き止んだばかりで目を赤くした小堀先生は、涙に濡れたプリントと名簿を抱えて教室から出ていった。「朝倉も帰れよ」なんて、いつもみたいに笑ってみせて。
どうにもすぐ帰る気にはなれないが、寄り道する場所もない。病院へ行きたいと思ったが、そこまでの勇気が出なかった。「会いに来ないでくれ」と言った渡世の冷たい表情と声色を思い出すと、やっぱり足がすくんでしまう。
ゆっくりと歩き、ゆっくりと靴を履き替える。日も暮れた頃に昇降口を出ると、思いもよらない人物が私を待ち構えていた。
「ゆかり……」
帰りのホームルームが終わると、颯爽と高遠と帰っていったゆかりがそこにいる。高遠は一緒にいないのか見当たらない。
「話したいことがあって」