〝あれは渡世なりの、朝倉への遠回しな告白だったのではないか〟

 三日前、渡世が私に理解不能な未来透視をしてからというものの、こんなことをクラス中で囁かれるようになった。

「おう、朝倉。大好きな渡世を死なせるなよ~」
「紬、渡世くん、ひとりで寂しそうにしてるから話しかけなよ!」

 毎日こんなふうに、クラスメイトに茶化される。私はそのたびに深いため息をついた。
 ……思えば、自分がクラスで話題の人物になるのって、生まれて初めてだ。

 私は昔からあまり他人に興味がなく、深く人と関わることがなかった。特に熱中できる趣味もないし、これといって特技もない。適当に毎日を、ただのらりくらりと生きていくだけ。友達にも固執することがなく、ひとりでも全然平気だった。
だからって、友達がいないわけではない。まんべんなく、適度な距離をとって誰とでも仲良くはできる。そのため、授業や行事でグループを作るときも、どこかのグループが声をかけてくれるので困ったことはない。逆に言うと、特別仲の良い子は誰もいないような状態だ。目立ちすぎるわけでもなければ、地味すぎるわけでもない。(どちらかと言えば地味だけど)
 クラスや学校で話題に上がるはずがない存在だったそんな私が、今はほんの少し時の人になっているなんて、なんだか変な感じだ。
 もうひとりの話題の人物――まぁ、渡世はクラスに戻ってきてからずっとみんなの話題の中心人物だったけれど。私にあんなことを言ったせいで、よけいに注目を浴びるようになっていた。そんな視線をものともせずに、今日も渡世は窓際の席で、無表情で外を眺めている。

あれから三日、私たちは一度も会話をしていない。
聞きたいことや話したいことはあるのだが、周りが変に茶化すせいで、私は若干渡世に話しかけづらくなっていた。あんな衝撃発言をしておいて渡世から話しかけてくることもない。正直、私はもやもやした気持ちを抱えていた。

「朝倉、渡世。今日は日直の矢島が早退したから、代わりに日誌をまとめて職員室まで持ってきてくれ。いいな? 今日はじゃんけん勝負なしだから、ふたりで協力するんだぞ」

 放課後。小堀先生が私と渡世を呼び出してそう言った。いつもはみんなの前でじゃんけんさせるのに、今日は違った。
「先生、どうしてじゃんけんしないの? 日誌をまとめるなんてひとりでもできるよ」
「今日は渡世にも雑務をさせてみたくなってな。でも渡世はまだわからないことが多いから、朝倉が教えてやってくれ。ほら、渡世もう少しで日直だけど、まだ日直をしたことないからな」

 ああ、なるほど。渡世は今まで日誌を書いたこともないのか。別にこんなの見様見真似で誰でもできるだろうけど、先生に頼まれては仕方ない。

「じゃ、仲良くやれよ。おふたりさん」

 小堀先生はひらひらと出席簿を振りながら、教室を出て行った。

「……やりますか」
「そうだな」

 私が声をかけると、渡世は短い返事をする。
 そのまま渡世の席に移動し、私は渡世の前の席に座った。途中まで書かれた日誌を広げ、ふたりで作業を進めていく。
 私が教える必要もなく、渡世はスラスラと日誌を書き進めた。線の細い綺麗な字だ。外からは、部活真っ最中であろう生徒のはつらつとした掛け声が聞こえてくる。

「渡世って、帰宅部?」

 もっと聞きたいことはほかにあるのに、私の口から出たのはそんな質問だった。

「ああ。朝倉も?」
「うん。なんで渡世は帰宅部なの?」
「あんまり動きたくない。あと、団体行動が苦手なんだ。お前は?」
「私は……単純にやりたいことがなくて」
「そうか。ま、無理して見つけるものじゃないし、いいんじゃないか」

 帰宅部トークは、残念ながらそれ以上広がることはなかった。

「……あのさ、この前のことなんだけど」

 渡世の書く綺麗な字から、ちらりと視線を渡世本人へと移す。
 そして、私はこの三日間のもやもやの原因を、渡世に直接聞くことにした。

「あれって、どういうこと?」

 すると、渡世はぴたりとシャーペンを動かす手を止めた。

「そのままの意味だけど」

 視線を合わせ、渡世はけろりと答える。

「そのままって……それが意味わかんないんだってば。私が渡世を好きになるとか、渡世が死んで、私も死ぬとか……全体的に意味不明」
「俺にはお前の未来が視えてるって言っただろ。信じなくてもいいけど、そしたら死ぬぞ」
「し、死ぬって……そんなの、冗談でも言うものじゃないでしょ」
「冗談でこんなことは言わない」

 そう言うと、渡世はまた日誌を書き始めた。
 あくまでも、本当のことだと言い張るのか。でも――。

「……私が渡世を好きになるなんてありえない」

 恥ずかしながら、私は恋というものを十七歳になった今でもよく知らない。
 早い話、誰かを好きになった経験がないのだ。友人がよく『〇〇くんを好きになった』とか『デートした』なんていう恋バナを楽しそうにしているが、私にはその感覚がいまいちわからなかった。人に興味がない、という性格が、私を恋愛というものから遠ざけてしまっているのかもしれない。

「今は、な。でもこの先どうなるかなんて、今の時点でわからなくて当然だ。俺以外はな」

 渡世は最後の一文字を書き終えると、日誌をパタリと閉じて私を見つめると、少しだけ口角を上げながら言う。

「現に、ああ言われてからこの三日、俺のことばかり考えていたんじゃないか?」

 その言葉に、私はぎくりとした。
「それはっ、あんなこと言われたら当たり前でしょ!」

 口数は多くないくせに、妙なことばかり言ってこっちの心をかき乱す。そして気づいたことには向こうのペースに持って行かれている――これって、もしかして。

「渡世って本当は、詐欺師なんじゃないの?」

 思ったままを口にすると、渡世は一瞬真顔になったあと、控えめに声を出して笑った。……笑顔は案外かわいいんだ。

「だとしたら、もっと引っ掛かりやすそうなやつを選ぶよ。朝倉って警戒心強そうだし、詐欺師の獲物にはならないだろ」

 それって褒めているのだろうか。なんにせよ、渡世は詐欺師ではないらしい。

「……じゃあ、渡世が言ったことが事実なのだとしたら、私はどうしたらいいの? どうすれば運命を変えられる?」

 未来予知が当たっているなら、あと半年で私も渡世も死ぬことになる。あいにく、私はまだ死にたくはない。なにかに興味を持ってみたいし、恋愛だってしてみたい。
 私の死因が〝死んでしまった渡世の後追い〟なら、彼を好きにならなければいいのか?
 これから一切の関わりを断てば――でも、果たしてそんなことができる?
 同じクラスで、雑用係を決めるじゃんけんの相手。嫌でも関わることになってしまう。
 それに、渡世の言った通り今はわからなくても、これからもし本気で渡世を好きになってしまったら……私はその気持ちを抑えられるのだろうか。
 自分の感情の動きは予測不能だ。大きく膨れ上がった感情を自制できるほど大人でもない。……知らなかった恋の感覚を知ってしまったとき、私は後に引けるのか。
 頭の中で、ひとりでいろいろと考えていると、そんな私に渡世が言う。

「簡単。俺を死なせなければいい。俺が死ななければ、お前だって死ななくて済む」

 渡世を、死なせない?