しかし、渡世は来なかった。これで四日連続の欠席だ。
 クラスメイトの何人かに「渡世くん、どうしたの?」と聞かれたが、そんなもの私が知りたい。なにも答えられない自分に嫌気がさす。結局私は、渡世のことをまだ全然知らない。

 ひとりで帰るいつもの道の景色は、なんだか色が薄れているように見えた。鮮やかでない、くすんだような、濁っているような色。渡世と一緒に帰るようになるまでは、目に映る景色の色なんて気に留めたこともなかったのに。
 私は渡世に会って、彼を好きになってから、自分の世界が色鮮やかになっていたことに気がついた。恋をするということは、自分を取り巻く世界そのものを変えてしまうということ。楽しい時はキラキラ輝いて見えるし、うまくいかない時は曇って見える。まるで心を映しているみたいだ。

「紬、おかえり」
「……ただいまー」

 店頭を掃除しているお母さんに覇気のない返事をする。すると、お母さんが予想外なことを言い出した。

「さっき、渡世くん見かけたわよ」
「えっ?」

 驚きすぎて持っていたスクールバッグをその場に落とす。私はお母さんの両肩を掴んでどこで会ったのかと迫った。

「おばあちゃんが入院してる、駅の近くにある総合病院よ。渡世くん、今そこに入院してるって。てっきり紬は知ってたのかと……あ、ちょっと! 紬!」

 聞き終わる前に私は走り出した。
渡世が入院? 冬休み中、事故にでも遭った? 私の目が届かない場所では慎重に行動してってあれだけ言ったのに。それとも……また自殺未遂をしたんじゃないよね?

 入院した原因が知りたくて胸がざわざわする。最近の私は走ってばっかりだ。しかも理由は全部同じ。渡世のせいだ。

 病院に着くと、入り口で見たことある姿が見えた。あれは――渡世のお母さんだ。

「あら。紬ちゃん?」

 向こうも私に気づいたようで声をかけてきた。渡世のお見舞いに来ていたのだろうか。

「こんにちは! その……渡世はどこに……」
「全なら四階の一番奥のひとり部屋よ。よかったら一緒に行く?」
「いえ。大丈夫です! 今からひとりで行ってみます」

 呼吸を整えながら部屋番号を尋ねると、快く教えてくれた。

「……ありがとね紬ちゃん。最後まで、全のことよろしくね」
「? は、はい。最後までって? 退院の日は決まってるんですよね?」

 意味深そうな言葉が引っかかり、私は病室へ行こうとした足を止める。渡世のお母さんは笑っているが、その笑顔はとても悲しそうに映った。不安を抱えた今の私だからこんな悲しげに見えるだけなのか。それとも。

「ここへ来たってことは、全から聞いてるのよね」

 穏やかな口調でそう言われ、私はなんのことかわからなかった。きっと渡世のお母さんは、私が渡世自身に病院にいると聞いてここに来たと思っている。

「……は、はい。なんとなく、ですけど」

 私は嘘を吐いた。渡世からはなにも聞いていない。でも、ここで知ったふりをしなかったら、私は永遠に渡世が抱えているものの正体を知らないまま終わる気がした。渡世は私になにかを隠している。そして、言わないってことは知られたくないことなのだ。それでも嘘をついてまで知ろうとする私を、渡世は怒るだろうか。

 私は知りたい。渡世のことを。時折見せる寂しい笑顔も、意味深な言葉も、全部理由があるはずだ。渡世の性格的に、絶対に知られたくないことなら完璧に隠すことができると思う。だけど渡世は誕生日の夜、私に弱さを見せた。もっと前から、どこかで合図を出していたようにも感じる。

 なにか大きなものを抱えているなら、私は助けたい。クラスメイトとして。ボディガードとして。あなたを好きなひとりの女として。
渡世の未来透視が本当なら、渡世を救うことが私たちふたりの幸せな未来に繋がると、今の私は本気で信じている。

「そう。紬ちゃんにはちゃんと言っておかないとね……全は――」