十二月になった。みんな首にマフラーを巻き、ブレザーの上にコートを羽織っている。この光景を見ると本格的に冬がきたことと、二学期も終わりに近づいていることを実感する。

 私が修学旅行を休んだことは、クラスの誰もたいして気にしていない。修学旅行の思い出話で盛り上がっていたのも最初の一週間くらいで、今となってはもうみんなの関心はクリスマスや冬休みどうするかというほうへ向いている。ちなみにゆかりと高遠カップルは順調に続いているようだ。

 特に変わったこともなく半月が過ぎて、冬休み間近となった。
 渡世に不運も起きていない。しかし、冬は要注意だ。雪で滑ったとか、餅を喉につまらせるとか危険はそこらじゅうに転がっている。

「だからね、冬休みはボディガード強化期間にしようと思うの。どう?」

 休み時間、お弁当を食べる渡世に相談してみた。

「心配するな。俺は餅が好きじゃないから食べることはない」
「じゃあ雪が降ったら?」
「そうだな。積もったら一緒に雪だるまでも作るか?」
「えっ。楽しそう! ……って、そうじゃないんだって」

 うまく乗せられた。
 ボディーガードを強化することに、渡世はあまり前向きじゃないのだろうか。

「朝倉の気持ちは嬉しいよ。でも俺、クリスマスから少し家を空けるんだ。冬休みは婆ちゃんの家で過ごそうと思って」
「あっ……そうなんだ」

 渡世はクリスマスも、冬休みも予定があることを知り、ちょっと残念な気持ちになった。どこかは一緒に楽しめるかななんて、勝手に期待していた。

「……俺の誕生日」
「えっ?」
「一月四日。お前が暇なら、祝ってくれてもいいぞ」

 渡世の誕生日は、ちょうど冬休みが終わる直前だ。その日は家族と過ごすと思って誘うのは控えていたが、まさか渡世のほうから誘ってくれるとは。

「ひ、暇だから、祝ってあげてもいいかな」

 自販機で買ったホットココアで両手を温めながら、私は渡世にそう返した。

「じゃあ、約束な」

 差し出された私の人差し指くらいありそうな渡世の細長い小指に、自分の小指を絡める。私は基本的に遊びたい人としか休日出かけない。だから、クラスメイトに誘われても適当な理由をつけて行かないことが多かった。夏休みも冬休みも、家でダラダラ過ごすほうが私には有意義に思えていた。そのため、いつもカレンダーな真っ白である。けれど今年の冬休みの一月四日。私の真っ白なカレンダーに、初めてしるしがついた。

 終業式をして、クリスマスがきて、お正月を迎えて。
 町のディスプレイは見るたびにイベントに合わせて姿を変えているのに、私はなんの代り映えもない冬休みを過ごしていた。

 年明け、めずらしく渡世から電話がきた。新年の挨拶と、四日の予定を決めるためだった。

 そして迎えた一月四日。
 今日は私の家で渡世の誕生日会を開くことになっている。渡世は夕方に家に来るので、それまでに私は予約していたホールケーキとプレゼントを買いに行った。料理はお母さんが用意してくれており、テーブルには普段お母さんが作らないロールキャベツにスペアリブの煮込み料理など、少々手間のかかる料理が食欲のそそるにおいを発しながら並んでいた。私の誕生日より気合が入っていそうな勢いだ。

「紡が誰かの誕生日会するなんて、小学生以来だもんね。はりきっちゃった」

 ずっとキッチンにいたからか、額にうっすらと汗を浮かべてお母さんは言った。
 今まで、お母さんがどうして渡世をこんなに気に入ってるんだろうと思っていたけど、私は自分のその考えが少し間違っていることに気づいた。
 きっと、渡世を気に入ってるだけじゃない。今まで何事にも無関心で、人間関係に希薄だった私に変化があったことを、お母さんは喜んでいるんだ。
 嬉しそうに準備をするその表情は、渡世のお母さんとどこか似ていた。ああ、きっと渡世も私と同じだったんだろうな。

 完全に外が暗くなる前に、渡世がうちへやって来た。

「久しぶり。朝倉」
「……久しぶり」

 渡世は黒いロングコートに深緑のニット、そして細身の黒いジーンズを履いていた。制服の時よりもっと大人っぽく見えて、数秒ほど見惚れてしまったのは絶対誰にも秘密だ。

「どうした? ぼーっとして」
「え? ううん。なんでもない。さ、上がって!」

 一週間とちょっとぶりに渡世に会えて、私はテンションが上がっていた。渡世に会えたことが、思ったよりずっと嬉しかったのだと思う。その嬉しさを噛みしめるように、目の前にいる渡世を凝視してしまった。

「ハッピーバースデー!」

 リビングにやって来た渡世をお母さんとお父さんと一緒にクラッカーでお祝いする。突然の大きな音にも渡世は驚いたりしなかったが、はにかんだ顔で「ありがとう」と言った。喜んではくれたみたいだ。
 お父さんは渡世と初対面だったため、どこがドギマギした様子で挨拶をしていた。渡世のほうがどっしり構えて挨拶を返していたから、これじゃあどっちが大人かわからないとお母さんが笑っていた。