「ついでに言うと俺たちは友達ってより、ほかの理由で一緒にいるんだ。な?」

 私がほっこりした気持ちになっていると、渡世がにやりと笑って同意を求めてくる。
そして私は思い出した。私たちが一緒にいるようになったそもそもの原因を。

『俺を死なせなければいい。俺が死ななければ、お前だって死ななくて済む』

 お互い自分が死なないために、一緒にいるようになった。私は自分が死にたくなくて渡世の名ばかりのボディガードを引き受けた。
 全部、渡世が視た未来を回避するためにやってることだ。だけど今、私が渡世と一緒にいる理由は果たしてそれだけなのか。

「やだ。なぁに? ほかの理由って。……あ、まさか」
「わざわざそんなことを聞くのは野暮だろう。全もその辺の男子高校生と一緒ってわけだ」
「ふふ。そうね。……本当にありがとね。紬ちゃん」

 私が黙っている間になにか話が別の方向にいっている気がする。これって、私たちが付き合っていると思われているのでは……。
 すっかり勘違いして嬉しそうな顔を浮かべるおばさんを見ると、訂正するのも気が引ける。どうしようと渡世を横目で見ると、知らん顔で味噌汁をすすっていた。自分でふった話題のくせに逃げるなんてずるい。でも言い逃げは渡世の得意分野だってことを私は知っている。
 
 四人でこたつに入って囲った鍋はあっという間になくなった。シメの雑炊を食べ終えると、私は渡世の部屋に移動した。
 二階の一番奥にある渡世の部屋の中は殺風景で物がほとんどない。まるでホテルの一室みたいにすっきりしており、ある意味〝いい宿〟と呼ぶに相応しい部屋だ。

「風呂が沸くまでなにかするか?」

 渡世はそう言うが、ゲームもテレビもない部屋でなにをすればいいのやら。その時、私はふと自分の荷物の中身を思い出しキャリーバッグを広げた。ホテルでみんなと暇つぶしにやろうと思っていた遊び道具一式を取り出すと、机の上にそれらをドサッと置く。

「トランプ、ウノ、占い本……お前、ホテルで遊ぶ気満々だったんだな」

 渡世は苦笑する。

「ずーっとおしゃべりするより、こういうのやってたほうが時間経つでしょ?」

 楽しもうと思っていたってよりは、その場を持たすためだけに持参しただけだ。渡世はそんな私の意図に気づいたようで、「お前らしい」と呟いた。

「あ、それにこれもあるよ。ほら」

 ほかに持ってくるものといえばお菓子だ。スーパーで買ったスナック菓子やチョコレートとは別に、私は家から駄菓子も持ってきていた。バスの中で小腹が空いた時に小さいサイズの駄菓子はちょうどいいと思ったから。

 駄菓子を広げると、渡世の目が微かに輝いたように見えた。

「これ食べながら遊ぼうよ」
「そうだな。悪くない」

 渡世の中での駄菓子ブームはまだ健在らしい。
 私たちは駄菓子をつまみに、ふたりでカードゲームをして楽しんだ。渡世はすごく強くて、私はなにをしても一勝もすることができなかった。
やっぱりズルしている! と言ったが、渡世は「これは実力だ」と鼻で笑った。

 一通り遊んだあと、私たちは順番にお風呂に入った。一番風呂を勧められたがそんなに厚かましいことはできないと全力で拒否し、私は最後にお風呂に入らせてもらうことにした。
最後だと、時間を気にせずに洗面台で髪を乾かしたりスキンケアができる。持ってきていたファストファッション店で買った新品のルームウェアに着替え、使い捨てのプチプラ化粧水を顔に塗り終えたところで、私は渡世の部屋へと戻った。

 先にお風呂を済ませていた渡世は、部屋でひとり占い本を読んでいた。

「楽しい? その本」
「普段読むことがないから新鮮ではあるな」
「へぇ。自分は未来透視とかするのに、スピリチュアルを勉強したりはしないの?」
「俺のと占いはまた別だ。朝倉は占いが好きなのか?」

 渡世はページをめくり、さっと目を通してはすぐ次のページへいく。読み込んでいるわけではなさそうだ。

「全然。むしろ嫌い。この本がお母さんが〝旅行で盛り上がると思うから〟って買ってきただけ」
「へぇ。なんで嫌いなんだ?」
「なんでって言われても。あ、嫌いっていうのは語弊があったかも。ただ信じないだけ」

 恋愛運とか仕事運とか健康運とかいろいろあるけど、全部根拠がない。そんなものに自分の人生を左右されるなんて嫌だ――って、それを言えば渡世の未来透視だって同じだ。今の私には占いを馬鹿にする権利はないかもしれないということを今さら自覚する。
 そう思うと、渡世ってすごいな。たった一言で私の今までの考えをひっくり返すんだもん。……それとも、私は元々こういうのを内心では気にしていて、頑なに信じないようにしていただけなのか。

「朝倉って誕生日、四月だよな」

 渡世は占いを信じる信じない問題とはまったく脈絡のない質問を投げかけてきた。さっきまでスムーズにページをめくっていた渡世の手がとあるページで止まっている。なにか気になるページを見つけたようだ。

「うん。あれ、渡世に誕生日教えたことあるっけ」
「連絡先に誕生日登録してたらこっちにも表示されるだろ。それで知った」

 ああ、今ってそんな機能になってるんだっけ。
 渡世の誕生日は表示されていないから、渡世は自分のプロフィールに誕生日を登録していないのだろう。

「渡世はいつなの?」
「一月四日。……ほら、これ見てみろ」

 渡世は占い本のあるページを指さして私に見せる。
 そこには一月四日生まれの人と相性がいい誕生日がずらっと並んで書かれていた。この占い本のタイトルをよくよく思い出す。〝365日誕生日占い〟。……なるほど。渡世は自分の誕生日のページを見つけて手を止めたのか。

「どれどれっと」

 前のめりになって指さされた箇所を見ると、相性がいい欄に私の誕生日が載っていた。しかも、恋愛・結婚相手として相性がいいという項目に。

「相性いいみたいだ。俺たち」

 なんの根拠もないその結果を見て、渡世は嬉しそうにしている。その笑顔を見るとむずがゆいというか、こそばゆい感覚に襲われた。
 正直意外だった。渡世がこんな占い本に書かれていることで喜ぶなんて。

「こんなすぐ仲良くなれたんだから、たしかに相性はいいかもね」

 本当は少し――いや、結構私も嬉しい。でもそんな気持ちを知られるのは恥ずかしくて、かわいげのない私はかわいげのない返答をしてしまう。

「お、信じる気になったか?」
「……嫌だ! ていうか、なんか渡世にうまく嵌められた気分!」
「頑固だな。嬉しく思ったり、信じたいと思えたものだけでも信じたらいいだろ。……ちなみに俺はこれ、信じようと思うけど?」

 そこまで言われると、私も信じたくなってしまうわけで。相手が渡世だからそう思うのか、渡世の口がうまいからか。だけど間違いないのは、私はこのなんの信憑性もない占い結果ひとつにドキドキさせられてしまったということ。

「……まぁ、天才渡世様がそう言うなら、生まれて初めて信じてみようかな」
「はは。よろしい」

 最後まで素直な可愛い反応はできなかった。でも、渡世は満足げな顔を浮かべて私の頭を優しくポンッと撫でた。