「なかなかいいとこだろう?」

 茶色と黒と白を基調とした引き戸の一軒家。自分の家と作りが似ていて、昔ながらの家って感じで親近感がわいた。

「さ、どーぞ」

 渡世が引き戸を開けて、中に案内してくれる。
 緊張しつつ靴を揃えるのを忘れずに、私は渡世の後ろに隠れるようにして廊下を進んだ。

「ただいま」

 リビングへ続く扉を開けると、そこでは渡世の両親と思われる人たちがくつろいでいた。

「おかえり全。こんな時間までなにしてた――って、その子は!?」

 渡世のお母さんが振り向き際に私を見つけて、驚いて立ち上がった。新聞を読んでいたお父さんも視線を新聞から私へと移すと、眼鏡の奥の目が大きく見開かれた。

「クラスメイト。今日、うちに泊めてもいい?」

 今日はお泊りコース確定なのね。お母さんに連絡しておかないと。渡世の家だって言えば許しは出そうだが、帰ったら根掘り葉掘り聞かれそうだ。

「はっ、初めまして。渡世くんの友人の朝倉紬といいます」

 噛みそうになりながら挨拶をすると、名前を聞いたおばさんが「ああ、あなたが!」と声を上げる。

「全からあなたの話を聞いたことがあるわ。いらっしゃい。うちは大歓迎よ」

 意外だ。渡世が家で私の話をしていたなんて。
 
「君、今日は修学旅行じゃなかったのか?」

 厳格そうなお父さんが、そう言って眼鏡を光らせる。

「えっと……サボッちゃいました」

 正直に事の経緯を説明すると、ご両親は当たり前に驚いていた。

「全。あなたが無理に引き留めたんじゃないの?」
「今回は違う。朝倉の意思。……だよな?」
「えっ? まぁ、そうです」

 たしかに渡世は私を引き留めにきたんじゃない。見送りに来てくれていた。それを私が勝手に引き返して――今に至る。それより今、なんか引っかかる言い方をされたような。

「朝倉さんのご両親もいいって言ってるならうちは大丈夫よ。ね? お父さん」
「まあそうだな。きちんと連絡だけ入れておきなさい」
「は、はい! 今すぐ!」

 渡世のお父さん、小堀先生より学校の先生感あるなぁ……。
 お母さんに連絡すると、想像通り渡世の家ならってことで許された。どれだけ渡世のことがお気に入りなのか。お父さんにはさすがに〝男子の家〟というのは内緒にしておくからと電話を切る間際に言われた。

「紬ちゃん、晩ご飯お鍋でもいい?」
「全然なんでも! どうぞお構いなく!」
「ふふふ。全がお友達を呼ぶなんて初めてなの。わかってたらもっと豪華なお料理用意してたんだけどね」

 おしとやかな口調と笑顔を見せると、おばさんは台所のほうへ向かった。なにか手伝おうかと思ったが、実家でもたいして料理をしない私が変に手伝うと作業の邪魔になるだけと思い、おとなしくその場に居座ることにした。

 渡世の家は既にこたつが用意されていて、私は遠慮がちにこたつの中へ少しだけ冷えた体を潜り込ませる。ぽかぽかとした熱が体を温めてくれて、緊張も自然とほぐれていく。

 おじさんは新聞を、渡世はつきっぱなしのクイズ番組を無言で眺めていた。私も特に話すことなく、たいして興味のないクイズ番組を見てその場をやり過ごす。無言でも心地よく感じるのは、渡世というか渡世家特有なのかも。

「はーい。もうすぐ完成するからね」

 おばさんがこたつの上に鍋のセットを置き、鍋用のコンロに火をつけた。渡世がお茶や食器を運ぶのを手伝いに行こうと立ち上がったので私も立とうとすると、「客なんだから座ってろ」と言われこたつの中に戻された。

 鍋や食器の準備を終え、リビングにみんなが集まる。
 手を合わせて「いただきます」と合掌すると、各々好きな鍋の具材に手をつけ始めた。……渡世は肉より野菜やきのこが多めで、胡麻だれよりポン酢派のようだ。

「紬ちゃん、全と仲良くしてくれてありがとうね。この子学校に慣れてないんだけど、ちゃんとやれてるかしら?」
「もちろん! 最初に渡世が――じゃなくて、渡世くんが学校に来た時はものすごい話題になってましたよ。うちのクラスにすごい奴がいるーって」

 私が渡世が未来透視ができることで有名人だった話をすると、ご両親はふっと笑った。

「なんか変に噂が回っちゃってね。困ったものだわ」
「最初は渡世くんも困ってましたよ。未来透視してくれーっていろんな人から頼まれて」
「最初に頼んできたのはお前だろ」
「そうだったっけ。でもあれはそっちがじゃんけんにいつも勝つから――」

 いつものように言い合いしている私たちを、おばさんが微笑ましそうに見つめている。

「でも、いつから渡世はそんな特殊能力を持つようになったんですか?」
「そうねぇ……そんなに前じゃないのよ。昔から観察力は鋭かったけど」
「母さん。俺の昔の話なんてしなくていい。面白みもないし」
「はいはい。ごめんね」

 本当に世界を周っていたのかとか、小さい頃の渡世の話をいろいろ掘り下げたかったのだが、渡世によって阻止されてしまった。普通の生活を送れなかったことは渡世にとってあまりいい思い出ではないのかもしれない。

「今は渡世が超能力者だってことはみんな忘れたみたいに、普通に男子高校生やってますよ」
「あら。ですって、お父さん」

 表情で反応はするものの会話に参加しないおじさんにおばさんが話しかける。

「……朝倉さん、だったかな。全は学校で浮いていないか? ほら、なかなか難しい奴だろう。誰に似たのか仏頂面でとっつきにくい。家に呼ぶような友達がいるとは思わなかったよ」

 仏頂面は父親からそのまま引き継がれたのだと思うけど、そこは敢えてスルーすることにした。というかツッコむ勇気もない。

「そうですか? 最近はよく笑うし、難しくもないですよ。たまによくわからない発言をしますけど、それも渡世節って感じで楽しんでます」

 そう言って、しっかり火の通った湯気の立つ牛肉をはふはふしながら口に頬張ると、渡世のご両親は箸を止めてどこか驚いた顔をしている。

「……あれ。私、変なこと言いました?」
「……いいや。全は本当に楽しくやってるんだなとわかって安心したよ。君のようないい友達ができてよかった。学校生活に慣れていないから内心心配だったんだ」

 「ありがとう、朝倉さん」。
 おじさんは初めて私へ笑いかけると、グツグツと音を立てる鍋に箸を伸ばした。

 ――なんだ。優しいお父さんじゃん。