「青春って言われても、たとえばどんなことが青春なんだ?」

 返し方が私とまったく同じとは。さすが、今まで青春を謳歌してこなかった者同士なだけある。
 えっと、ゆかりはなんて説明してたっけ。たしか――。

「好きな人と制服デートしたり、学校行事楽しんだり、一緒に手繋いで帰ったり――」
「……ふぅん?」
「……ま、待って! 今のなし! なしだから! これはゆかりが言ってたことであって……」

 私、渡世になに言ってるんだろう。我に返るととんでもない羞恥が襲ってきた。目線を上げると、渡世は意地の悪い笑みを浮かべて楽しそうに恥ずかしがる私を見物している。
 
「じゃあ、その森田が言ってた青春とやらをしてみよう。手始めに……今から制服デートでもしてみるか?」

 意外にも渡世のほうから乗っかってきた。

「平日に午前中から制服でうろうろしてたら補導されないかな?」
「社会見学か卒業生でコスプレしますって言えばなんとかなるだろ」
「ふっ……! 渡世、絶対そんなことしないタイプのくせに」
「ああ。死んでもしないな」

 今でさえ、制服よりスーツのほうが似合うんじゃないかと思うくらい渡世は見た目も大人びているというのに。でも、今までいろんなところに行っていた渡世は制服自体をあまり着たことがないんじゃないかな……。だったら今日は、制服で思い切り遊び倒すのも悪くない。

「そうと決まればさっそく行こう! 手始めに……最近流行ってるカフェでお茶!」
「おい、その大荷物持っていくつもりか? 一回家に帰ったほうが――」
「こんなのロッカーに預けちゃえばいいよ。ほら、時間がもったいない!」

 ぶっちゃけると、時間はたっぷりある。でもこうやって平日に朝から好きなところへ渡世と遊びに行けるなんて日は、もう今後ないかもしれない。そう思うとはやる気持ちを抑えられなくて、私は渡世の手を引いて走り出した。

 駅のいちばん大きなロッカーに荷物を預けると、私は財布と携帯だけを制服のポケットに入れて電車に乗った。身軽になった体はすごく動きやすくて、今ならどこへでも行けそうだなんて思った。

 SNSでクラスの女子たちがやたら載せていた韓国風のおしゃれなカフェで、渡世ともうブームのを過ぎたタピオカミルクティーを飲む。渡世は初めて飲んだみたいで、タピオカに興味津々。初めてうちの駄菓子屋に来た時のことを思い出して、そんな渡世を見ているだけでおもしろかった。

 通り道に並ぶ屋台で買い食いして、近くの公園に座ってジュースを飲んで、自分の顔とは思えないほど目が大きくなる写真を撮って、〝イマドキの高校生ごっこ〟を私たちは楽しんだ。
 今日の私はたくさん笑った気がする。それは、渡世も同じだった。

 すごく楽しい。あのまま修学旅行に行くよりも、絶対こっちのほうが楽しい。

 電車を乗り換えいろんな街を楽しんで、最後に都会の高校生定番のクレープを食べている頃には、もう空の色は変わっていた。周りにも私たちと同じ制服を着た人たちがたくさん歩いていて、もう学校が終わった時間になったのだと気づいた。

「はー楽しかった! 短時間でいろいろ周って、修学旅行みたいだったね」

 オレンジの空を見上げながら、私は大きく伸びをした。

「みんなは今頃なにしてるんだろうな。お前、スケジュール知ってるだろ」
「え? この時間だとホテルに着いて……今から夕食タイムが始まるんじゃないかな」
「そうか。……じゃあ俺たちも、最後はいい宿に泊まらないとな」

 あまり遅くまで連れ出すのも悪いと思ったので、ここで解散するつもりだったのに――今なんて言った? 

「ちょ、ちょっと渡世。今の結構爆弾発言だと思うんだけど……」

 俺たちもいい宿に泊まらないとって。つまり、今日はお泊りする気ってこと?

 青春しようとは言ったけど、修学旅行の再現をそこまでするとは言っていない。それにどこに泊まろうとしているのか。それこそ平日に制服の男女が泊まれる場所なんてないはずだ。……え、まさか野宿?

「おすすめの場所あるけど、来るか?」
「……おすすめ?」
「危ない場所じゃないし、安心だ。……まぁ、そんな身構えないでいいからついてこい」

 物怖じする私を見て渡世はくすりと笑うと、私が持っていたクレープのごみをさっと奪って自分のと一緒に近くのゴミ箱へ捨てると、そのまま前を向いて歩き出す。

「ま、待ってよ!」

 どこに行くかはわからないけど、今日一日で初めてだ。渡世から行先を決めて歩き出すのは。
 危ない場所じゃないって言っているし……ここまできたら、最後まで渡世に付き合おう。元々は私が提案したんだから。

 そう思い、私は渡世の背中を追いかけて、なにも聞かずについていった。ロッカーで預けていた荷物を引き取り向かった先は――。

「ここって……」

 玄関口に〝渡世〟の表札。
 渡世のいうおすすめの場所とは、どうやら渡世の家らしい。