渡世と初めて話してから、一週間が経った。
相変わらず彼は教室内で一匹狼を貫いている。それ以降、私たちが関わることも特になく、この前自然に会話したことは、まるで夢だったように思える。

「お、今日はまたプリント回収がある日だな。よし。朝倉、渡世、一週間ぶりにじゃんけんするか」

 眠くて机に突っ伏していた私は、小堀先生のその一言でむくりと身体を起こした。やっとこの時がきた。癖を指摘されてから、初めての勝負だ。
 いつもより気合を入れて、私は身体を渡世のほうに向けた。今回こそ勝って、渡世に雑用係をさせてやる。

「ふたりとも準備はいいかー? いくぞ。じゃんけんぽんっ!」

 小堀先生の掛け声とともに、私はグーを出した。今日はグーを出す前に、手がパーの形にならないよう意識した。だから渡世も、私がなにを出すかは読めなかったはず――だったのに。
 なんでパーを出しているのか。渡世全。

「はい。今日も朝倉の負けな。渡世、お前じゃんけん強いなぁ」

 感心するように、小堀先生が言った。
 いや、今日渡世が勝てたのは絶対まぐれだ。運で勝てただけ。自分にそう言い聞かせながらも、やっぱり負けたことが悔しい。いつになれば、私は彼に勝てるのか。いつになれば、雑用係をしなくて済むのか。
 悔しさとうらめしさから、じっと渡世のほうを睨んだ。

「……!」

 すると渡世は、私を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべた。……なに今の余裕そうな顔!
 まるで〝何度やっても同じだ〟とでも言いたげな表情だ。これってやっぱり――。

「ズルしてるよね!?」

 帰りのHR終了後、私は真っ先に渡世の席に駆け寄りそう言った。
 まだ教室にはクラスメイトたちがほとんど残っている。急に渡世に話しかけた私を見て、教室内がどよめいた。だが、そんなことはお構いなしに、私は渡世だけをまっすぐに見つめ続ける。

「……今日は癖が出ないようにしていたな。偉い偉い」
「誤魔化さないで! ズルしてるかどうかを聞いてるの」

 渡世が普通に返事をしたことに、みんなはさらに驚いている。

「ズルっていうか……俺はお前がなにを出すかがわかるんだ」
「……それって〝未来透視〟の力で?」
「……」

 渡世は口をつぐんだ。
 前回聞いた時は軽く流されたけれど、今日は逃がさない。すると、黙って様子を窺っていた、渡世の隣の席のゆかりが私たちの話に割って入ってきた。

「ねぇねぇ、渡世くんって本当に未来透視できるの? だったら私の未来も占ってほしいなぁ」

 男子が好きそうなかわいらしい声にゆっくりした話し方で、ゆかりはふざけ半分にそう言った。

「俺も俺も!」
「ずるい。私も見てほしい!」
「てか、世界中に引っ張りだこだったってマジなの?」

それにほかのクラスメイトたちも便乗して、今まで腫物のように扱っていた渡世に一斉に話しかけ始めた。

 ――まずい。こんな空気になるなんて。
 案の定、渡世は困った顔をしている。私がなにも考えないで話しかけちゃったせいだ。今になって、みんなの前で未来透視の話題を上げたことは失敗だったと気づく。

「ご、ごめん渡世。ほら、みんなももうやめよう。渡世、困ってるし」
「いやいや、最初に言い出したのは紬でしょ?」
「そ、それはそうなんだけど……」

 ゆかりに痛いところを突かれ、私は口ごもった。

「あ、そうだ。紬が透視してもらえばいいんじゃないかな? 紬はいつも雑用係してるんだし、それくらいのわがまま言っていいと思うの。ねっ、渡世くん!」

 首を横にぴょこんと傾げながら、ゆかりは手のひらを合わせて渡世にお願いする。周りもゆかりの意見に賛同しているが、みんなただ、渡世くんの透視能力を見たいだけだというのがひしひしと伝わってくる。ていうかそもそも、すでに透視されている疑惑があったから質問したのだけど……。

「い、いいよ別に。私はただ、渡世がじゃんけんでズルしてないかを確認したいだけで――」
「いいぞ。視てやる」
「……えっ」

 今、視てやるって言った? つまり、渡世は未来透視ができるってことだよね?
 渡世が椅子に座ったまま、向かいに立つ私をじっと見つめる。私の身体は、なぜか蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。渡世の切れ長の瞳が、心なしかいつもより大きく見える。
 すべてを見透かされているような目。逸らしたいのに、逸らせない。変な汗が額にじんわりと浮かび、生唾をごくりと飲み込んだ。

「朝倉紬。お前はこのままだと半年後に死ぬ」
「……は?」

 しばらく私を見つめたあと、渡世ははっきりとそう言った。騒がしかった教室内が、突然静まり返る。

「死ぬって……私が? なに言ってんの。笑えない冗談やめてよ」

 渇いた笑いが漏れる。これは渡世の悪趣味な冗談だ。

「なんで死ぬか、理由を教えてやろうか?」

 渡世は顔色ひとつ変えずに言った。冗談を言っているとは思えない空気だ。
 まさか、渡世は私が死ぬって本気で言っているのか。そう思うと、心臓がドクンと大きく跳ねた。

「……教えてよ。本当に死ぬっていうなら」

 強がって言ってみたものの、声が震えていたのが自分でもわかった。そして、このあと渡世から衝撃的な理由を聞かされることになる。

「お前の死因は、俺の後追い。不運な事故で死んでしまった俺の後を追って、お前は自ら命を絶つ」
「……は、はい?」

 なんだその理由。
ここにいる、渡世以外の誰もがそう思っただろう。あまりに現実味のないことを淡々と言う彼に、私は恐怖さえ感じた。

「どうして私が渡世の後を追って死ぬのよ?」
「……それは」

 渡世の次の言葉を待つまでの時間が、とてつもなく長く感じる。

「未来のお前は、俺に恋をしているからだ」
「……!」

恋ってつまり――私が渡世を好きになるってこと? そしたら渡世が死んで、そのショックで私も後追い自殺するって? そんな未来、あるわけないじゃない。

「朝倉。死にたくないなら、お前は俺を絶対に死なせるな」

 冷静な口調のままそう言うと、渡世は立ち上がり私の横を通り過ぎた。

「あ、言い忘れてた」

 かと思えば、後ろからまた渡世が話しかけてくる。

「透視って、守護霊とかそういった類のものも視えるんだけど……お前の背後、かなりやばそうな死神が憑いてるぞ」
「えっ!? 死神!?」

 幽霊や怖い話は得意ではない。恐ろしくて振り返ると、渡世の姿はもうなかった。

「ねぇ、今のどういうこと!? ガチの話!?」
「朝倉が渡世を好きになるってまじかよ」
「冗談でしょ。本当はなにも視えてないって」
「渡世って、想像通りやばそうな奴だったな」
「やばそうじゃなくて、アレはやばい奴だろ」

 渡世がいなくなった瞬間、今日いちばんの盛り上がりを見せるクラスメイトたち。私はただ、その場に黙って立ち尽くしたまま。
 それは渡世が教室へ現れてから一ヶ月、九月の終わりのこと。
 夏が終わりを告げるとともに、私の平凡で代り映えない日々も、終わりを告げた。