そう思うと、私はいてもたってもいられなくなり走り出した。
 まだ間に合う。走れば、まだ。
 荷物のせいで全速力で走れないことがもどかしい。それでも私は息を切らして走った。

「……渡世!」

 信号の向こう側に、家に帰るであろう渡世を見つけた。
 渡世は声に反応してこっちを見ると、私の姿を見て目を見開く。

 信号が青になり、私は呆然と立ち尽くしている渡世のところまでまた走った。渡世はなにも言わずにただ驚いた顔を浮かべている。

「はぁっ……久しぶりにこんなに走った!」
「……お前」
「もう、キャリーバッグが重すぎるんだもん。困っちゃうよね」
「……どうして」
「え? なにが?」
「どうして戻ってきたんだ。早く行かないと――」
「行かない」

 動揺で若干震えている渡世の声を遮った。

「私、修学旅行行かないことにした。渡世のいない修学旅行興味ない」
「なに言って……だからって修学旅行休むなんて、許されるわけないだろ!」
「なんで? ちゃんと先生にも親にも連絡するから大丈夫だって。お腹があまりに痛くて駅から引き返しちゃいましたーって言い訳、小堀先生に通じると思う?」

 へらっと笑う私に、渡世はなにも言ってこなかった。渡世ならもっといい言い訳を考えてくれると思ったのに。
 それにもう電車は間に合わない。用意されていた飛行機の時間にも。

「……本当に大丈夫なのか? こんなことして」

 渡世はなにを心配しているのか。
 私がいなくなったところで困る人は特にいないはずだ。班は元々仲良し三人組のところに入れてもらっただけだし、バスの席もいちばん後ろの四人掛けでホテルも四人部屋。誰かがひとりになることはないし、大丈夫だろう。
 ……親にはめちゃくちゃ怒られると思うけど。修学旅行費は、私の出世払いということでなんとか勘弁してもらおう。
 
「うん。だって私、渡世のボディーガードだし。三日間も遠い場所にいたら、なにかあった時渡世も困るでしょ? それにね――私も嫌いなんだ。団体行動!」

 胸を張って自慢げに言ってみると、渡世の強張っていた表情がやっと緩んでいった。

「……それなら仕方ないな」
「でしょう?」

 同じことを理由にされたら渡世もなにも言い返せまい。

「で、前代未聞の修学旅行サボりってのを朝倉はかましたわけだけど……これからどうする気だ?」
「へっ? えぇと……まずは小堀先生とお母さんに連絡しないと……あっ。もしもし! 小堀先生? すみません、もう死ぬんじゃないかってくらいお腹痛くて……はい、修学旅行は行けそうにないです……残念ですけど……あぁ、死ぬぅぅ~」

 私は携帯を取り出すと小堀先生に電話をかけて、見事な演技で乗り切った。

「お前、女優だけは目指さないほうがいいぞ」
「よけいなお世話っ」

 その後、お母さんにも電話をかけて謝罪した。画面の向こうから凄まじい怒声が聞こえたが渡世が電話に代わるとすっかり上機嫌になり、〝修学旅行に渡世くんが行けないんじゃあ、紬も仕方ないわよねぇ〟とか言って許してくれた、ちなみに修学旅行代は私の案、出世払いが採用された。……痛い出費だけど、自業自得だから仕方ない。

「あっ。そういえば渡世って今年の二学期から学校に来たでしょ? じゃあ学校行事とかなんにも楽しめてないよね」
「……言われてみれば」
「じゃあさ――青春してみようよ」
「青春?」

 私はゆかりに言われた言葉を思い出す。

「渡世、もっと高校生活を謳歌したほうがいいよ。人生で一度きりなんだから、青春しないとっ!」

 そしてそっくりそのまま、自分の名前を渡世に変えて言ってみた。