あっという間に修学旅行前日となった今日、クラスを騒がせるカップルが誕生した。
「すげぇな高遠! 森田さんをゲットするとは見直した!」
「もうゆかりったらいつの間にぃ~!」
――ゆかりと高遠。
クラスメイトに茶化されながら、ふたりは照れくさそうに笑っている。しかし、私にはふたりにはっきりと温度差があるようにしか見えなかった。
気になって渡世のほうを見る。興味なさそうに次の授業の教科書をペラペラとめくる渡世は今日も通常運転だ。
帰り道、いつも通り渡世と並んで歩きながら、どうしてか私が気まずさを感じていた。
ゆかりと高遠の話してみる? それとも修学旅行の話題……いや、行かない渡世に話したって仕方ない。
しばらく沈黙が続いた。話題がなくて私は焦り始める。でもこんな時に無理に話題を作ろうとしない渡世との空気が好き。……なんという矛盾。
「付き合ったみたいだな」
「へっ?」
「森田さんと高遠。今日教室でみんな騒いでたろ」
「う、うん。びっくりだよね」
まさか渡世のほうからそのことに触れてくるとは。興味ありませんみたいな態度を取っておいて、実は気になっていたりして。あんなことがあった後だし。
「俺はこれでよかったと思う。ふたりお似合いだしな。クラスの中心人物同士で。俺たちとは真逆のふたりだ」
「……私たちをクラスの外縁みたいに言わないでよ」
「外縁ってよりはみだしものだろ?」
さすがにそこまではいってない。だとしてもそれは渡世だけだ。私には渡世以外にも話せるクラスメイトは何人もいる。修学旅行も一緒に周ってくれるグループはちゃんと見つけた。とまぁ、それはさておき。
「でもさ、高遠には悪いけど、私にはゆかりが心から幸せそうに見えなかったんだよね」
「……なにが言いたいんだ?」
「だから――ゆかりはまだ、渡世に気持ちがあるんだと思う。高遠のことを好きになりきれてないんだよ」
私がふたりを見て覚えた違和感。あれは、渡世を好きなゆかりを近くで見てきた私にはなにかわかる。
「だとしても、これでよかったんだ」
「なんで? どこがいいと思えるの? 好きでもない人と付き合って、ゆかりは本当に幸せなの?」
「いいか朝倉、よく考えてみろ。常に不安が付きまとう恋愛と不安の少ない恋愛、どっちを選んだら幸せになると思う?」
恋愛経験ゼロの私には難しい質問で、私は首を傾げた。
「答えは〝どっちが幸せかは人による〟だ」
「なにそれ! どういうこと?」
「不安が付きまとっても大好きな人とする恋愛に幸せを感じる人もいれば、そんなに好きでもなくても、ひたすらに愛を注がれることを幸せに感じる人もいる……ってことだ」
説明されてもよくわからない。どうして絶対的に幸せだと思える答えがないのだろう。
「好きと不安の量は比例すると俺は思う。好きすぎるとその人のことで頭がいっぱいになるだろ? うまくいってるうちは幸せだけど、ほんのちょっとしたことにも敏感になって、連絡が遅れるだけで物凄い不安に襲われたりする。ほかの異性と一緒にいるんじゃないか。なにかしてしまったんじゃないか。嫌われたんじゃないか……好きすぎて、感情のコントロールがだんだん馬鹿になってくんだよ」
「……俗にいうメンヘラみたいなこと?」
「まぁ、そうかもな。でもそれってさ、ただ相手を好きすぎただけなんだよ。……重すぎて答えられない人がいるのも当然だけどさ」
なんで渡世はこんなにメンヘラに詳しいのだろう。まさか渡世がそうなのか。それとも過去によほど重い恋愛をした経験があるのか。また渡世に対する疑問が増えてしまった。
「じゃあ不安が少ない恋愛っていうのは?」
「今話したのとまったく逆。相手への熱量がそこまでだと、良くも悪くもあんまり気にならないだろ? 連絡とれなくたって別にいいや。浮気してたってまぁいいやって。気楽なんだよ心が。精神が馬鹿にならない。そのおかげで安定した関係続いて、いつの間にかそれが本当の愛になったりもする」
私もよく聞いたことがある。〝最初はそんなに好きじゃなかったけど、いつの間にか好きになってた〟って。どうして好きじゃない人と付き合うんだろうって思ってたけど、そういうメリットとか、本物の愛になることもあり得るんだ……。
「つまりゆかりは――」
「ああ。森田は不安のない恋愛を選んだ。脈のない俺に一方的に愛情を注ぎ続ける不安より、一途な高遠から注がれる安心を選んだってことだ。俺は森田はそのほうが合ってると思う。あいつは不安に押し潰されるタイプだ。万が一俺と付き合っても不安になって、ぼろぼろになるだけ」
「……まるで過去にそういう経験があったみたいな言い方だね?」
ゆかりとそんなに深い会話をしたことないくせに。
「あ、もしかして。未来透視でゆかりが自分と付き合ってぼろぼろになる未来を視たの? それであんなきつい言い方したんだったりして」
「はいはい。そうかもな」
うまく流された。
「……お前だったらどっちを選ぶ?」
立ち止まって、渡世は私を見下ろした。
私は考えることもなく即答する。
「もちろん私は大好きな人と、不安のない恋愛を選ぶよ」
渡世は少し驚いた顔を見せると、すぐに眉を下げて笑い始めた。
「欲張りだな、お前」
「だって、それがいちばん幸せじゃない」
恋愛経験がないから簡単にそう言えるのかもしれない。だとしても、私は自分の心を壊したり、ただもらうだけの恋愛はしたくない。
そう思えるのは私が社会の波に揉まれたことのないただの子供で、まだ恋とか愛とかに夢を持っている年ごろだから。大人になった時、私は今と同じ答えを言えるかわからない。だからこそ、今だけは。
「ああ。そうだな」
控えめに口角を上げる渡世も、同じように思ってほしいと願った。
「すげぇな高遠! 森田さんをゲットするとは見直した!」
「もうゆかりったらいつの間にぃ~!」
――ゆかりと高遠。
クラスメイトに茶化されながら、ふたりは照れくさそうに笑っている。しかし、私にはふたりにはっきりと温度差があるようにしか見えなかった。
気になって渡世のほうを見る。興味なさそうに次の授業の教科書をペラペラとめくる渡世は今日も通常運転だ。
帰り道、いつも通り渡世と並んで歩きながら、どうしてか私が気まずさを感じていた。
ゆかりと高遠の話してみる? それとも修学旅行の話題……いや、行かない渡世に話したって仕方ない。
しばらく沈黙が続いた。話題がなくて私は焦り始める。でもこんな時に無理に話題を作ろうとしない渡世との空気が好き。……なんという矛盾。
「付き合ったみたいだな」
「へっ?」
「森田さんと高遠。今日教室でみんな騒いでたろ」
「う、うん。びっくりだよね」
まさか渡世のほうからそのことに触れてくるとは。興味ありませんみたいな態度を取っておいて、実は気になっていたりして。あんなことがあった後だし。
「俺はこれでよかったと思う。ふたりお似合いだしな。クラスの中心人物同士で。俺たちとは真逆のふたりだ」
「……私たちをクラスの外縁みたいに言わないでよ」
「外縁ってよりはみだしものだろ?」
さすがにそこまではいってない。だとしてもそれは渡世だけだ。私には渡世以外にも話せるクラスメイトは何人もいる。修学旅行も一緒に周ってくれるグループはちゃんと見つけた。とまぁ、それはさておき。
「でもさ、高遠には悪いけど、私にはゆかりが心から幸せそうに見えなかったんだよね」
「……なにが言いたいんだ?」
「だから――ゆかりはまだ、渡世に気持ちがあるんだと思う。高遠のことを好きになりきれてないんだよ」
私がふたりを見て覚えた違和感。あれは、渡世を好きなゆかりを近くで見てきた私にはなにかわかる。
「だとしても、これでよかったんだ」
「なんで? どこがいいと思えるの? 好きでもない人と付き合って、ゆかりは本当に幸せなの?」
「いいか朝倉、よく考えてみろ。常に不安が付きまとう恋愛と不安の少ない恋愛、どっちを選んだら幸せになると思う?」
恋愛経験ゼロの私には難しい質問で、私は首を傾げた。
「答えは〝どっちが幸せかは人による〟だ」
「なにそれ! どういうこと?」
「不安が付きまとっても大好きな人とする恋愛に幸せを感じる人もいれば、そんなに好きでもなくても、ひたすらに愛を注がれることを幸せに感じる人もいる……ってことだ」
説明されてもよくわからない。どうして絶対的に幸せだと思える答えがないのだろう。
「好きと不安の量は比例すると俺は思う。好きすぎるとその人のことで頭がいっぱいになるだろ? うまくいってるうちは幸せだけど、ほんのちょっとしたことにも敏感になって、連絡が遅れるだけで物凄い不安に襲われたりする。ほかの異性と一緒にいるんじゃないか。なにかしてしまったんじゃないか。嫌われたんじゃないか……好きすぎて、感情のコントロールがだんだん馬鹿になってくんだよ」
「……俗にいうメンヘラみたいなこと?」
「まぁ、そうかもな。でもそれってさ、ただ相手を好きすぎただけなんだよ。……重すぎて答えられない人がいるのも当然だけどさ」
なんで渡世はこんなにメンヘラに詳しいのだろう。まさか渡世がそうなのか。それとも過去によほど重い恋愛をした経験があるのか。また渡世に対する疑問が増えてしまった。
「じゃあ不安が少ない恋愛っていうのは?」
「今話したのとまったく逆。相手への熱量がそこまでだと、良くも悪くもあんまり気にならないだろ? 連絡とれなくたって別にいいや。浮気してたってまぁいいやって。気楽なんだよ心が。精神が馬鹿にならない。そのおかげで安定した関係続いて、いつの間にかそれが本当の愛になったりもする」
私もよく聞いたことがある。〝最初はそんなに好きじゃなかったけど、いつの間にか好きになってた〟って。どうして好きじゃない人と付き合うんだろうって思ってたけど、そういうメリットとか、本物の愛になることもあり得るんだ……。
「つまりゆかりは――」
「ああ。森田は不安のない恋愛を選んだ。脈のない俺に一方的に愛情を注ぎ続ける不安より、一途な高遠から注がれる安心を選んだってことだ。俺は森田はそのほうが合ってると思う。あいつは不安に押し潰されるタイプだ。万が一俺と付き合っても不安になって、ぼろぼろになるだけ」
「……まるで過去にそういう経験があったみたいな言い方だね?」
ゆかりとそんなに深い会話をしたことないくせに。
「あ、もしかして。未来透視でゆかりが自分と付き合ってぼろぼろになる未来を視たの? それであんなきつい言い方したんだったりして」
「はいはい。そうかもな」
うまく流された。
「……お前だったらどっちを選ぶ?」
立ち止まって、渡世は私を見下ろした。
私は考えることもなく即答する。
「もちろん私は大好きな人と、不安のない恋愛を選ぶよ」
渡世は少し驚いた顔を見せると、すぐに眉を下げて笑い始めた。
「欲張りだな、お前」
「だって、それがいちばん幸せじゃない」
恋愛経験がないから簡単にそう言えるのかもしれない。だとしても、私は自分の心を壊したり、ただもらうだけの恋愛はしたくない。
そう思えるのは私が社会の波に揉まれたことのないただの子供で、まだ恋とか愛とかに夢を持っている年ごろだから。大人になった時、私は今と同じ答えを言えるかわからない。だからこそ、今だけは。
「ああ。そうだな」
控えめに口角を上げる渡世も、同じように思ってほしいと願った。