『朝倉、渡世。放課後時間あるなら、修学旅行のバス席決めるくじ作っといてくれ』 

 帰りのホームルームで、小堀先生が突然雑用を頼んできた。私も渡世も特に用事はなかったため、渡世の席で頼まれた作業を進めることにした――なぜか、ゆかりともうひとりのクラスメイト、高遠も一緒に。
 こうなった経緯は、小堀先生が私たちに雑用を頼んだ際、ゆかりが『私も手伝う』と言い出したのがきっかけだ。そうしたら高遠も『俺も』とゆかりに乗っかり始めた。

 高遠修也。
 クラスにひとりはいる明るいおちゃらけた性格をした、いわゆる〝陽キャ〟である。私と渡世が仲良くなった時は誰よりも茶化してきて、そして誰よりも先に飽きていた。
 何もせずとも自然と人が集まってくる人気者。そんな高遠が、大して仲良くもない私たちの雑用を手伝うと言い出した理由はただひとつ。

 高遠は、ゆかりに絶賛片思い中でなのである。

 つまり、ゆかり目当てで参加した以外ありえない。
 高遠がゆかりに好意を抱いているのは、クラスのほとんどが知っている。なぜなら彼はゆかりにだけあからさまに態度が違うからだ。そんなわかりやすいところも、高遠らしいといえば高遠らしい。

 しかし、最近になってゆかりが私を通じて渡世と絡み始めた。
 ゆかりをいつも目で追っているであろう高遠は、ゆかりの想いにもう勘付いているのかもしれない。
そしてそれは高遠にとってはおもしろくないもので……こうやって邪魔しにきたのだろう。

「四人でがんばろうねっ!」

 渡世の隣に座って、ゆかりはテンション高めに意気込む。さっき私を置いて先に教室へ戻ったことなどまるでなかったように、ゆかりの態度は至って普通だ。
 
 渡世の向かいには私、ゆかりの向かいに高遠。
 教室の隅に異色な四人が固まって、私たちはくじを作り始めた。
 小堀先生が用意した白い紙を細かく切って、クラスメイト全員の名前を書いていくという、単純な作業だ。

「こんな古典的なことしなくたって、アプリとか使えばいいのになぁ」

 ハサミを持った高遠がめんどくさそうに呟く。渡世とゆかりは名前を書くことに集中しているように見えたので、仕方なく私が高遠に返事をした。

「私もそれ言ったけど、こういう面倒なことを敢えてするのが学生時代の醍醐味なんだって小堀先生に言われたよ」
「小堀の時代の醍醐味を現代に押し付けられてもねぇ」
「あはは。それはいえてる」

 そのまま話題は、修学旅行の行先である沖縄の話になった。
 途中からゆかりも一緒になって、行きたい観光地やご当地グルメのことで盛り上がる。渡世は特に会話に参加しないまま、ただ綺麗な字で名前を書き続けている。時折ゆかりが渡世に話しかけても、渡世は「ああ」「うん」といった相槌しか返さない。

「朝倉、紙なくなったぞ。口じゃなくて手を動かせ」
「えぇ! 渡世仕事早いって。私、ハサミ使うの苦手なんだよね」
「真っすぐ切るだけなんだから、苦手もなにもだいだろ」

 私の苦し紛れな言い訳を聞いて、渡世はおかしそうに小さく笑った。自分で言うのもなんだが、あまりにゆかりに対する態度と私に対する態度が違う。
 ゆかりの気持ちを聞いたばかりだからか、なんだかひやひやする。斜め向かいにいるゆかりの表情をはっきりと見ることができない。

「……あのさ、渡世と朝倉って、付き合ってんの?」

 私たちのやり取りを聞いていた高遠が、突然そんなことを言い出した。

「えぇっ!? つ、付き合ってないよ!」

 ドキッとして、過剰に否定してしまった。ゆかりの前でなんて空気が読めないんだ。話しやすくていいやつだと思っていた高遠の株が、私の中で一気に暴落していく。

「なんだ。違うのか。でも、あれは衝撃だったよな~。〝死にたくないなら、俺を死なせるな〟って。遠回しの告白じゃね?ってみんな騒いでたし」

 今となっては懐くも感じる話を持ち出してくる。みんなっていうか、あんたが率先して騒いでたんでしょうと、私は心の中で毒づいた。

「それから、朝倉と渡世が一緒にいるようになっただろ? てっきり付き合ってると思うじゃん。……つーか、結局渡世の未来透視の話はどうなったんだ?」
「どうなったもなにも……」
「朝倉と一緒にいたい渡世が言い出した嘘だったりしてな! どうなんだよ、渡世!」

 私が言葉を濁していると、高遠がハサミを置いて立ち上がり、斜め前に座る渡世の肩を茶化すように叩いた。その衝撃で書いていた文字が乱れ、渡世は小さくため息を吐く。

「俺を死なせないために朝倉が俺のボディガードをしてくれてる。だから俺たちは一緒にいる。……それだけだ」

 そう言って、渡世は新しい紙にまた同じ名前を書きなおした。

「ボディガード? なにそれ! お前ら、おもしろい遊びしてんな!」

 私たちのしていることは、高遠にとってはただのごっこ遊びと受け取ったらしい。
たしかにボディガードといっても、ただ学校にいる時に渡世に危険が及ばないか見張っているというだけで、ごっこ遊びと言われてもあながち間違ってはいない。

「……本当にそれだけ?」

 ゆかりがペンを止めて、渡世のほうに体を向けた。

「渡世くん、紬のこと好きなんじゃないの?」