それから数日間、ゆかりはやたらと私に話しかけてきた。それは必然的に、私と一緒にいることが多い渡世とも関わることになっていた。
 そうして過ごしていくうちに、私はあることに気づく。ゆかりの視線の先には、いつも私を通り越して渡世がいるということに。

正直、恋愛ににぶい私でも、ゆかりの気持ちに気づかないほど馬鹿ではない。

「あのさ、ゆかりって渡世が好きなの?」

 男女別の体育の時間が終わり、教室へ帰るまでの道のりで、私はゆかりに直接聞いてみた。教室に戻れば渡世がいる。ゆかりとふたりで話す機会はなかなかないため、今がチャンスと思った。

「えっ……! そ、それは」

 ゆかりの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
 ゆかりは足を止めると、両手で頬を押さえながら小さく頷いた。

「……一目惚れしたの。渡世くん、よく見るとすごくかっこいいよね。それに落ち着いててほかの男子たちみたいに子供っぽくないし……私のタイプど真ん中、って感じで」

 照れくさそうに、ゆかりは私に渡世のどこが好きなのかを話し始めた。
ゆかりって、渡世みたいなのがタイプなんだ。クラスで一番人気の女子を一瞬で射止めるなんて、渡世も隅に置けない男だなぁ――なんて思いながら、私はゆかりの話を黙って聞き続ける。

「そ、れ、に! もうすぐ高校生活最大のイベント、修学旅行があるでしょ?」
「……そういえばそうだった」

 ゆかりに言われて、修学旅行が二週間後に迫っていることを思い出した。うちの学校は文化祭が春に開催されるため、秋の最大の学校行事といえば、高二の修学旅行だろう。
 私たちの旅行先は沖縄で、二泊三日だ。一日目に学年全体で観光地を周る以外は基本的に自由行動が多く、同じ学年同士のカップルは今から浮足立っているに違いない――あ。もしかして。

「ゆかり、修学旅行までに渡世とどうにかなりたいと思ってたりする?」
「やだ。紬にしては冴えてる。そうだよ。だからこのタイミングで勇気出して話しかけたの。だって、修学旅行って恋人がいるほうが何倍も楽しくなると思わない?」
「えー……そういうものなのかなぁ」

 修学旅行自体を楽しみだと思ったことがないので、どうすればもっと楽しくなるかなんて、まず考えたこともない。

「紬、もっと高校生活を謳歌したほうがいいよ。人生で一度きりなんだから、青春しないとっ!」

 反応の薄い私を見て、ゆかりは不満げな表情を浮かべた。

「青春って言われても、たとえばどんなことがゆかりの思う青春なの?」
「それは……好きな人と制服デートしたり、学校行事楽しんだり、一緒に手繋いで帰ったり――」

 指をおりながら、ゆかりは自分の思いつく青春とやらをひとつずつ挙げていく。
 全部好きな人がいないと成り立たないことばかりで、前提のハードルが高いのでは? と私には感じた。みんながみんな、高校で好きな人を見つけられるわけではない。

「そういえば……私、一年の時から紬とクラス同じだけど、紬が学校で楽しそうにしてるとこあんまり見たことないかも」

 指おりをやめたゆかりが、ふとそんなことを言い始めた。
 たしかに今までは、学校が楽しいと思ったことがなかった。いつも同じことの繰り返しで、変わらない景色と顔ぶれを見るだけ。その中に好きなものも見つけられず、なんにも興味が持てなかった。
 だけど――。

「最近は結構楽しいよ」

夏の終わり、変わり映えのない日常に、渡世という刺激物が私の前に現れてからは。

「……それって、渡世くんの影響?」

 ゆかりの顔が見るからに険しくなり、私は動揺する。

「えっ? いや……」

 違うよと言えばよかったのに、なぜか言えなかった。
 ゆかりはなにも言わずに、私を置いて足早に教室に戻っていった。多分、私に〝渡世の影響じゃない〟と言ってほしかったのだと思う。ほしい言葉がもらえないとわかり、私と会話するのをやめたのだろう。

 この時、私は気づいたことがふたつある。
 ひとつ目は、私が嘘をつくのが苦手だということ。そしてふたつ目は――私は渡世と関わってから、学校が楽しくなっていること。
 皮肉にもゆかりの質問で、私はそれに気づいてしまった。