渡世のボディガードに任命されてから一か月が経ち、十一月になった。
街の飾りはオレンジのかぼちゃから一斉に緑のモミの木へと変わり、早々に来月のクリスマスへの準備を進めている。
今月が終われば、クリスマス、お正月、バレンタインとイベント月が続く。カップルにとっては十一月は箸休めの月とでもいうべきだろうか。
非リア充の私は今までイベントなんてこれっぽっちも関係ないものだったけど、今年はなんだか意識してしまっている。
……とりあえず、渡世はクリスマスなにするんだろう。
窓際の席に座る渡世をチラ見するも、窓の外に思いを馳せている最中であろう渡世の表情を見ることはできなかった。
『俺は、今日の帰り道も、家に帰ってからも、きっと朝倉のこと考えてるよ』
先月の暮れに渡世にそう言われてから、なぜか私まで渡世のことばかり考えるようになってしまった。ただでさえ渡世に若干侵食されかけていた私の脳内に、渡世の言葉がとどめを刺してきたのだ。
ひとりでいる時にその人のことばかり思い浮かぶならば、それは恋の始まりだと渡世に教えられた。
だけど、それは渡世の個人的な見解。私はまだ渡世を好きなわけではない――はずだ。……そもそも、未だに好きってなんなのかわかってない。
「朝倉、知ってるか? 駄菓子バーっていうのがあるんだってさ。駄菓子食べ放題で、大人はそれをつまみに酒を飲むらしい」
「……へぇ。そうなんだ」
こうしてひとり〝渡世への感情ってなんだろう〟と悩んでいるのがアホらしくなるくらい、渡世は何事もなかったかのように私に接してくる。
渡世はいつもそうだ。意味深なことやこちらが気になる言葉を一方的に投げかけて、そのまま放置する。ヒントだけもらって、答えを教えてもらえない状態に似ている。
「なんだよ。そのつまんない反応」
「駄菓子屋店の娘に駄菓子バーの話して、行きたいってなると思う? もはや自分の家が駄菓子バーみたいなもんだってのに」
「……たしかに。言われてみればそうだな」
私の家に来たことで渡世は駄菓子にハマったようで、最近はもっぱら駄菓子の話をしてくる。今の渡世は帰り道も家に帰ってからも、駄菓子のことを考えているんじゃないかと思う。
「ねぇ、なんの話してるの?」
その後もくだらない話をしていると、突然ゆかりが乱入してきた。以前も同じような状況があったことを思い出す。
渡世の隣の席の森田ゆかりは、学年全体で見てもトップクラスにかわいい女子生徒だ。もちろん、クラスでもダントツでモテている。
清楚な黒髪ストレートロングに、大きな目に小さな鼻と口。少し小柄で、守ってあげたくなるような女の子。……そんな男女問わず人気者のゆかりが、休み時間にあぶれ者の私たちに絡んでくるなんて驚きだ。
「本当に仲良しだよね。渡世くんと紬って。渡世くんが紬に変なこと言い出した時はどうしようかと思ったけど、あれが仲良くなるきっかけになったとか?」
急な乱入に驚く私をよそに、ゆかりは積極的に私たちの輪に入ってきた。
渡世が死なないために私が渡世のボディガードをしているなんて、周りからしたら馬鹿げた話を誰かにする気も起きなかったので、私は適当に誤魔化すことにした。
「そ、そうだね。そんな感じ。あと、じゃんけんもきっかけでさ」
「ああ。いっつも紬負けてたもんね。渡世くん、じゃんけんのコツってなんだったの?」
私が返事をしたのに、ゆかりの視線はずっと渡世に向いている。
「別に……特にない」
ゆかりは椅子を動かし渡世に近づいて話しかけるが、渡世はゆかりのほうを見ることなく、ぶっきらぼうに答えた。さっきまで機嫌よさそうに駄菓子の話をしていたくせに、急にどうしたのか。まさか、ゆかりが可愛いから緊張してたりして。
「ふぅん。あ、ねぇねぇ! そういえばふたり、この前の体育の日戻ってこなかったよね? どこ行ってたの?」
今まで誰も聞いてこなかったことをゆかりに聞かれ、私はドキッとした。
私と渡世が一緒にいることに関して、もう誰も気にしていないと思っていたけど、どうやらゆかりは違ったみたいだ。
「そのままサボってふたりで帰った」
「えぇっ! 渡世くん、サボったりするんだ。もしかして、紬が無理やりサボらせたんじゃないの?」
ゆかりは冗談交じりにそう言って、無邪気な笑顔を見せた。
「まさか。なんかあの時は、ノリっていうか……ね?」
「え~。怪しい。ふたりで一緒に帰ったって、つまり放課後デートってこと?」
「いや、そういうわけじゃあ――」
「ああ。朝倉の店に寄って駄菓子を買ったりした」
詮索されるのが面倒になり、適当に話を終わらせようと思ったのに。渡世は馬鹿正直に、私の家に来たことまで話し出した。これにはゆかりも驚いたのか、大きな瞳をさらに見開いて、少し動揺している。
「へ、へぇ。そうなんだ。……紬、いつのまに渡世くんとこんなに仲良くなったの? 私より仲良くなっちゃってるじゃん!」
そう言うゆかりの笑顔が引きつっているように見えたのは気のせいだろうか。それと、私はそもそもゆかりとそこまで仲が良かった覚えがない。
街の飾りはオレンジのかぼちゃから一斉に緑のモミの木へと変わり、早々に来月のクリスマスへの準備を進めている。
今月が終われば、クリスマス、お正月、バレンタインとイベント月が続く。カップルにとっては十一月は箸休めの月とでもいうべきだろうか。
非リア充の私は今までイベントなんてこれっぽっちも関係ないものだったけど、今年はなんだか意識してしまっている。
……とりあえず、渡世はクリスマスなにするんだろう。
窓際の席に座る渡世をチラ見するも、窓の外に思いを馳せている最中であろう渡世の表情を見ることはできなかった。
『俺は、今日の帰り道も、家に帰ってからも、きっと朝倉のこと考えてるよ』
先月の暮れに渡世にそう言われてから、なぜか私まで渡世のことばかり考えるようになってしまった。ただでさえ渡世に若干侵食されかけていた私の脳内に、渡世の言葉がとどめを刺してきたのだ。
ひとりでいる時にその人のことばかり思い浮かぶならば、それは恋の始まりだと渡世に教えられた。
だけど、それは渡世の個人的な見解。私はまだ渡世を好きなわけではない――はずだ。……そもそも、未だに好きってなんなのかわかってない。
「朝倉、知ってるか? 駄菓子バーっていうのがあるんだってさ。駄菓子食べ放題で、大人はそれをつまみに酒を飲むらしい」
「……へぇ。そうなんだ」
こうしてひとり〝渡世への感情ってなんだろう〟と悩んでいるのがアホらしくなるくらい、渡世は何事もなかったかのように私に接してくる。
渡世はいつもそうだ。意味深なことやこちらが気になる言葉を一方的に投げかけて、そのまま放置する。ヒントだけもらって、答えを教えてもらえない状態に似ている。
「なんだよ。そのつまんない反応」
「駄菓子屋店の娘に駄菓子バーの話して、行きたいってなると思う? もはや自分の家が駄菓子バーみたいなもんだってのに」
「……たしかに。言われてみればそうだな」
私の家に来たことで渡世は駄菓子にハマったようで、最近はもっぱら駄菓子の話をしてくる。今の渡世は帰り道も家に帰ってからも、駄菓子のことを考えているんじゃないかと思う。
「ねぇ、なんの話してるの?」
その後もくだらない話をしていると、突然ゆかりが乱入してきた。以前も同じような状況があったことを思い出す。
渡世の隣の席の森田ゆかりは、学年全体で見てもトップクラスにかわいい女子生徒だ。もちろん、クラスでもダントツでモテている。
清楚な黒髪ストレートロングに、大きな目に小さな鼻と口。少し小柄で、守ってあげたくなるような女の子。……そんな男女問わず人気者のゆかりが、休み時間にあぶれ者の私たちに絡んでくるなんて驚きだ。
「本当に仲良しだよね。渡世くんと紬って。渡世くんが紬に変なこと言い出した時はどうしようかと思ったけど、あれが仲良くなるきっかけになったとか?」
急な乱入に驚く私をよそに、ゆかりは積極的に私たちの輪に入ってきた。
渡世が死なないために私が渡世のボディガードをしているなんて、周りからしたら馬鹿げた話を誰かにする気も起きなかったので、私は適当に誤魔化すことにした。
「そ、そうだね。そんな感じ。あと、じゃんけんもきっかけでさ」
「ああ。いっつも紬負けてたもんね。渡世くん、じゃんけんのコツってなんだったの?」
私が返事をしたのに、ゆかりの視線はずっと渡世に向いている。
「別に……特にない」
ゆかりは椅子を動かし渡世に近づいて話しかけるが、渡世はゆかりのほうを見ることなく、ぶっきらぼうに答えた。さっきまで機嫌よさそうに駄菓子の話をしていたくせに、急にどうしたのか。まさか、ゆかりが可愛いから緊張してたりして。
「ふぅん。あ、ねぇねぇ! そういえばふたり、この前の体育の日戻ってこなかったよね? どこ行ってたの?」
今まで誰も聞いてこなかったことをゆかりに聞かれ、私はドキッとした。
私と渡世が一緒にいることに関して、もう誰も気にしていないと思っていたけど、どうやらゆかりは違ったみたいだ。
「そのままサボってふたりで帰った」
「えぇっ! 渡世くん、サボったりするんだ。もしかして、紬が無理やりサボらせたんじゃないの?」
ゆかりは冗談交じりにそう言って、無邪気な笑顔を見せた。
「まさか。なんかあの時は、ノリっていうか……ね?」
「え~。怪しい。ふたりで一緒に帰ったって、つまり放課後デートってこと?」
「いや、そういうわけじゃあ――」
「ああ。朝倉の店に寄って駄菓子を買ったりした」
詮索されるのが面倒になり、適当に話を終わらせようと思ったのに。渡世は馬鹿正直に、私の家に来たことまで話し出した。これにはゆかりも驚いたのか、大きな瞳をさらに見開いて、少し動揺している。
「へ、へぇ。そうなんだ。……紬、いつのまに渡世くんとこんなに仲良くなったの? 私より仲良くなっちゃってるじゃん!」
そう言うゆかりの笑顔が引きつっているように見えたのは気のせいだろうか。それと、私はそもそもゆかりとそこまで仲が良かった覚えがない。