「……これは?」

 渡世が壁に貼ってある〝じゃんけん勝負 勝ったら好きな駄菓子プレゼント〟と書いてある貼り紙を見つけた。

「書いてあることそのまんま。店員とじゃんけんして勝ったら、おまけで好きな駄菓子をひとつプレゼント」
「ふっ。家でもじゃんけんって、お前、じゃんけん好きだな」
「ちょっと、別に私が考えた案じゃないからっ!」

 駄菓子を抱えたまま渡世が笑う。学校でも小堀先生に無理やりやらされていただけで、私自身がじゃんけんを好きなわけでは断じてない。

「じゃあこれ買うついでに、じゃんけんにチャレンジしてみるか」

 渡世は両手いっぱいの駄菓子をどさっとレジに置いた。

「……こんなに買うの?」
「ああ。いいだろ。駄菓子の大人買い」

 そういえば、幼少期はこうやってたくさん駄菓子を買うのを夢見ていたことを思い出す。
 レジに広げられた駄菓子の会計作業をし終えると、私は久しぶりに渡世とじゃんけんをした。
 結果は私がパーで、渡世はチョキ。……これで0勝8敗だ。

「……はぁ。自分の家ならなんだか勝てる気がしたのに」
「甘いな。癖がまた出てたぞ。それじゃあ、このきなこ棒をもうひとつ」

 自分の出したパーの手をうらめしく見つめる。渡世は勝ち誇った笑みを浮かべ、レジに戦利品のきなこ棒をもうひとつ持ってきた。
 駄菓子を袋に詰めながら外を見ると、雨はさっきより大降りになっていた。あのまま渡世と別れていたら、もしかしたら渡世はびしょ濡れになっていたかもしれない。そう思うと、お母さんの無茶ぶりは間違っていなかったのだと思う。

「紬―、ちょっと来て」

 台所からお母さんが私を呼ぶ声がした。私は袋に入れた駄菓子を渡世に渡すと、急ぎ足で奥にある台所へと向かう。

「これ持って行って、渡世くんと部屋でおしゃべりでもしてなさい」

 ジュースとシュークリームが乗ったおぼんをお母さんに手渡される。

「……にしてもあんた、いつの間にあんなかっこいい彼氏作ってたのよ。ふたりで学校サボるなんて青春ねぇ」

お母さんはにやにやした顔をして、肘で私の体を突いた。

「渡世は彼氏とかじゃないってば」
「なに照れちゃってんのよ。それじゃああとはごゆっくり~」

 聞く耳を持たないまま、お母さんは私を台所から半ば強引に追い出した。あの様子だと、お母さんはすっかり渡世のことを気に入ってるようだ。
 私はおぼんを抱えて、店内をうろうろしている渡世に部屋に行こうと声をかけた。そのまま階段を登ろうとすると、渡世がひょいっとおぼんを横取りする。

「お前危なっかしいから、代わりに持ってやる」

 かわいくない言い訳をしてきたけれど、渡世のこういうスマートなところにときめく女子は多いと思う。

「別に頼んでないけど」
「はいはい。そうですか」

 同じくかわいくない返事をする私に、渡世はいつも通り呆れた顔を見せた。でもその表情は、ちょっぴり楽しそうにも見える。