『今日の星座占いコーナー! 一位は山羊座のあなた。あなたにとって嬉しいことが、必ず起きるでしょう』
私は占いを信じない性分である。だから、朝のニュース番組の合間に訪れる占いコーナーの結果に、いちいち一喜一憂することはない。
『最下位は残念、牡牛座のあなた。敗北を味わうことになるでしょう』
最下位だったとしても気にしない。
たとえ本当に、登校早々、敗北するなんて占い通りのことが起きてもだ。
――0勝6⃣敗。
これは、私がとあるクラスメイトとじゃんけん勝負をした際の戦績である。
私、朝倉紬(あさくら つむぎ)は、どこにでもいるごく普通の高校二年生だ。
私はこの〝朝倉〟という名字のせいで、小学生から今までずっと出席番号が一番だった。その〝出席番号一番記録〟は、高二になった今もなお続いている。
『今から配るプリント、放課後までに全員分まとめて先生のとこ持ってきてくれ。まとめる係はいつも通り、朝倉と渡世でじゃんけんな』
今朝のホームルームで、担任である小堀先生がそう言った。
……またか。と、私は思った。
小堀先生はこういった雑用をする係を、毎回出席番号一番の私と、最後の渡世にじゃんけんをさせて決めるのだ。このシステムは、二学期が始まってからいきなり導入された。夏休みのあいだに、昔こうやって雑用係を決めていた教師がいたことをふと思い出したとかなんとか。
先生が言うには、これは出席番号最初と最後になった者の特権らしい。
私としてはちっともおもしろくないし、死ぬほどいらない特権である。もはや特権と呼ぶのもおかしな気がする。これじゃあなんのために、日直やクラス委員が存在するのかがわからない。
最初こそ『またそれ!?』と反論していたが、関係ないほかのクラスメイトたちはさっさと決めちゃいなよって空気だし、一緒に反論してもいいはずの渡世はなにも言わない。だから私もこのシステムに抗うことを諦め、今朝もため息をつきながらじゃんけんをした。
――今日こそ勝って、雑用を回避してみせる!
そんな私の願いは虚しく、渡世が出したグーによって散っていった。……ああ、チョキで勝てる気がしたんだけどなぁ。
これでまた、私は渡世とのじゃんけん勝負の敗北記録を更新することとなった。
なんで勝てないんだろう。授業中、私はそのことばかり考えていた。
――まさかズルしてるとか? ありえる。だって、〝あの〟渡世だし。
渡世全(わたせ ぜん)。同じ高校に通うクラスメイトだが、初めてその姿を見たのは最近だ。
というのも、入学してから高二の夏休みが明けるまで、彼は一度も登校してきたことがなかった。なんでも〝未来透視〟という超能力を持っているらしく、その実力を買われ日本に留まらず、世界を渡っていたという。霊能力者とかそういう類のものだろうか。とにかくすごい人らしい。いろいろ忙しく、勉強は特別に通信で受けていたと噂で聞いた。
凄腕占い師とか、霊能力者はメディアにばんばん出てるイメージがあったけど、渡世をメディアで見たことはない。そのため信憑性には欠けるが、誰も本人に真相を確認することはなかった。みんな彼にどう話しかけていいのかまだわからないのだと思う。私だってそうだ。
うちの高校はクラス替えがない。一年生の時から一緒にいるので、すでにクラスとして出来上がっている状態。そこへ、いなくて当然だったクラスメイトがいきなり現れた。しかも、未来透視ができるなんていう、ちょっとよくわからない特殊な人間が。
初めて教室で渡世を見た時は、背もクラスでいちばん高く、ものすごく大人びた雰囲気にみんな圧倒されていた。気軽に話しかけていい人ではないな、って、高校生ながらに思った。
渡世自身も、出来上がったクラスに放り込まれて気まずいだろうなと思っていたが、彼はそんなこと少しも気に留めていないように見えた。
まるで前からいたかのように、誰になにを教わることもなく、普通に学校生活を送っている。いつもひとりで行動し、誰とも会話しようとしない。
むしろ渡世自身が、私たちと関わりを持ちたがっていないようにも感じられた。若くして世界を渡り歩いてきたのが事実ならば、ただ敷かれたレール通り平凡に生きている同級生など、低レベルに見えるのかもしれない。
二学期が始まってから三週間が経とうとしていたが、渡世が関わりを持っているのは、このクラスで唯一私だけだった。とは言っても、じゃんけんをするだけの関係だ。渡世のことは、まだなにもわからない。
……彼は本当に〝未来透視〟ができるスーパー高校生なのか。それともただの噂話なのか。
いつもの私なら迷わず噂話と思うけど、ここまで連敗が続くとちょっとおかしいと感じる。
だって、あいこになったことすら一度もない。毎回一撃で負かされているのだ。よっぽど私がじゃんけんに弱いのか、はたまた渡世が強いだけ?
もしかすると、私がなにを出すか彼には全部見えているんじゃないだろうか。だとしたらフェアじゃない。六回目の敗北を味わって、私はだんだん勝てないことにイラ立ちを感じ始めていた。
放課後。
今朝配られたプリントは、記入が終わったら私の机の上に置いといてもらった。小堀先生のところへ持っていく前に、私はプリントがちゃんと全員分あるかチェックする。
そこで、ひとりだけまだプリントを提出していないクラスメイトがいることに気づいた。……渡世だ。
教室の端と端、いちばん遠い席にいる渡世のほうを振り返る。
九月といえど、まだかすかに暑さを感じる教室で、彼は涼しい顔をしながら窓の外をぼーっと見つめていた。教室にはもう、私たちしか残っていなかった。
プリントをこちらへ持ってくる気配はない。教室から出て行ってしまう前に、私が回収するしかないようだ。……どうしよう。渡世に話しかけるとか、緊張するんですけど。
重い腰を上げて、私は一歩、また一歩と彼に近づいた。
「あのっ!」
思ったより、大きな声が出てしまう。
渡世は目線を窓の外から私へと向けた。目にかかる真っ黒な前髪の隙間から、渡世の切れ長で細い瞳が見えた。
「プリント。まだ出してないよね?」
緊張しながらも、冷静を装って言う。
「……ああ。悪い。忘れてた」
低くて男らしい声。渡世の声をまともに聞いたの、初めてかも。
渡世は引き出しからプリントを取り出し、私に差し出す。
「いつもおつかれさま」
黙ってプリントを受け取る私に、意外にも彼のほうから声をかけてきた。その表情は思ったより柔らかくて、私の思い描いていた渡世像とはかけ離れていた。
もしかして、案外話しやすい人だったのだろうか。そう感じた私は冗談交じりにこう言った。
「たまには渡世がやってもいいんだよ。雑用係。ほら、かわりにこのプリント持ってってくれてもいいし」
回収したプリントの束を丸ごと渡世に押し付けると、渡世は苦笑した。
「俺に雑用係をやらせたかったら、朝倉はまずじゃんけんに勝つとこから始めないと」
するすると流れるように繋がる会話に、自然と呼ばれる名字。ひとつひとつに驚きを感じながら、私は思い切ってずっと気になっていたことを口にする。
「……ねぇ、どうしていつも私に勝てるの? 渡世って本当にできるの? 未来透視ってやつ」
そう言うと、彼はふっと小さく笑った。
「お前はわかりやすいから、透視なんかしなくたってなにを出すかすぐにわかる」
「えっ?」
「まず最初に、朝倉はチョキを出す確率が高い。別の手を出す時は、無意識に逆の手をしてるんだ。たとえばグーを出そうとしていたら、じゃんけんをする前にお前の手はパーの形になってる。逆にパーのときはグーの形。グーでもパーでもないはっきりしてない時は、大体チョキ」
まったく意識していなかった自分の癖を、渡世にべらべらと暴かれていく。というか、この短期間でそんな細かい癖を見抜くなんて、やっぱりただ者じゃない。
「……そんな細かいところに気づくなんて、すごいね」
「お前がわかりやすいだけだ」
「普通気づかないよ。渡世が普通じゃないんだって。てかさ、そこまでわかってるなら、わざと負けてくれる男気を見せてくれてもよかったんじゃない?」
話しかける前はあんなに緊張していたのに、嫌味を言えるくらいの余裕が出てきた。
「面倒事を自ら引き受けるような男気は、あいにく持ち合わせてない。……でも、この癖を教えてやったから、次の勝負はどうなるかわからないな」
たしかにそうだ。癖を教えてくれたのは、渡世なりの優しさなのか。
渡世はガタリと音を立てて、鞄を抱えて椅子から立ち上がった。
「プリント、忘れずに持って行けよ。雑用係」
私を見下ろしながら、意地悪な顔で意地悪な言葉を浴びせると、颯爽と彼は教室から出て行った。
……渡世全。思ったより話しやすくて、思ったより嫌味なやつ。そして思った通り、変人。
「次は絶対勝つんだから……!」
誰もいなくなった教室で、私はひとり呟く。大嫌いだったじゃんけん勝負が、初めて待ち遠しくなった瞬間だった。
私は占いを信じない性分である。だから、朝のニュース番組の合間に訪れる占いコーナーの結果に、いちいち一喜一憂することはない。
『最下位は残念、牡牛座のあなた。敗北を味わうことになるでしょう』
最下位だったとしても気にしない。
たとえ本当に、登校早々、敗北するなんて占い通りのことが起きてもだ。
――0勝6⃣敗。
これは、私がとあるクラスメイトとじゃんけん勝負をした際の戦績である。
私、朝倉紬(あさくら つむぎ)は、どこにでもいるごく普通の高校二年生だ。
私はこの〝朝倉〟という名字のせいで、小学生から今までずっと出席番号が一番だった。その〝出席番号一番記録〟は、高二になった今もなお続いている。
『今から配るプリント、放課後までに全員分まとめて先生のとこ持ってきてくれ。まとめる係はいつも通り、朝倉と渡世でじゃんけんな』
今朝のホームルームで、担任である小堀先生がそう言った。
……またか。と、私は思った。
小堀先生はこういった雑用をする係を、毎回出席番号一番の私と、最後の渡世にじゃんけんをさせて決めるのだ。このシステムは、二学期が始まってからいきなり導入された。夏休みのあいだに、昔こうやって雑用係を決めていた教師がいたことをふと思い出したとかなんとか。
先生が言うには、これは出席番号最初と最後になった者の特権らしい。
私としてはちっともおもしろくないし、死ぬほどいらない特権である。もはや特権と呼ぶのもおかしな気がする。これじゃあなんのために、日直やクラス委員が存在するのかがわからない。
最初こそ『またそれ!?』と反論していたが、関係ないほかのクラスメイトたちはさっさと決めちゃいなよって空気だし、一緒に反論してもいいはずの渡世はなにも言わない。だから私もこのシステムに抗うことを諦め、今朝もため息をつきながらじゃんけんをした。
――今日こそ勝って、雑用を回避してみせる!
そんな私の願いは虚しく、渡世が出したグーによって散っていった。……ああ、チョキで勝てる気がしたんだけどなぁ。
これでまた、私は渡世とのじゃんけん勝負の敗北記録を更新することとなった。
なんで勝てないんだろう。授業中、私はそのことばかり考えていた。
――まさかズルしてるとか? ありえる。だって、〝あの〟渡世だし。
渡世全(わたせ ぜん)。同じ高校に通うクラスメイトだが、初めてその姿を見たのは最近だ。
というのも、入学してから高二の夏休みが明けるまで、彼は一度も登校してきたことがなかった。なんでも〝未来透視〟という超能力を持っているらしく、その実力を買われ日本に留まらず、世界を渡っていたという。霊能力者とかそういう類のものだろうか。とにかくすごい人らしい。いろいろ忙しく、勉強は特別に通信で受けていたと噂で聞いた。
凄腕占い師とか、霊能力者はメディアにばんばん出てるイメージがあったけど、渡世をメディアで見たことはない。そのため信憑性には欠けるが、誰も本人に真相を確認することはなかった。みんな彼にどう話しかけていいのかまだわからないのだと思う。私だってそうだ。
うちの高校はクラス替えがない。一年生の時から一緒にいるので、すでにクラスとして出来上がっている状態。そこへ、いなくて当然だったクラスメイトがいきなり現れた。しかも、未来透視ができるなんていう、ちょっとよくわからない特殊な人間が。
初めて教室で渡世を見た時は、背もクラスでいちばん高く、ものすごく大人びた雰囲気にみんな圧倒されていた。気軽に話しかけていい人ではないな、って、高校生ながらに思った。
渡世自身も、出来上がったクラスに放り込まれて気まずいだろうなと思っていたが、彼はそんなこと少しも気に留めていないように見えた。
まるで前からいたかのように、誰になにを教わることもなく、普通に学校生活を送っている。いつもひとりで行動し、誰とも会話しようとしない。
むしろ渡世自身が、私たちと関わりを持ちたがっていないようにも感じられた。若くして世界を渡り歩いてきたのが事実ならば、ただ敷かれたレール通り平凡に生きている同級生など、低レベルに見えるのかもしれない。
二学期が始まってから三週間が経とうとしていたが、渡世が関わりを持っているのは、このクラスで唯一私だけだった。とは言っても、じゃんけんをするだけの関係だ。渡世のことは、まだなにもわからない。
……彼は本当に〝未来透視〟ができるスーパー高校生なのか。それともただの噂話なのか。
いつもの私なら迷わず噂話と思うけど、ここまで連敗が続くとちょっとおかしいと感じる。
だって、あいこになったことすら一度もない。毎回一撃で負かされているのだ。よっぽど私がじゃんけんに弱いのか、はたまた渡世が強いだけ?
もしかすると、私がなにを出すか彼には全部見えているんじゃないだろうか。だとしたらフェアじゃない。六回目の敗北を味わって、私はだんだん勝てないことにイラ立ちを感じ始めていた。
放課後。
今朝配られたプリントは、記入が終わったら私の机の上に置いといてもらった。小堀先生のところへ持っていく前に、私はプリントがちゃんと全員分あるかチェックする。
そこで、ひとりだけまだプリントを提出していないクラスメイトがいることに気づいた。……渡世だ。
教室の端と端、いちばん遠い席にいる渡世のほうを振り返る。
九月といえど、まだかすかに暑さを感じる教室で、彼は涼しい顔をしながら窓の外をぼーっと見つめていた。教室にはもう、私たちしか残っていなかった。
プリントをこちらへ持ってくる気配はない。教室から出て行ってしまう前に、私が回収するしかないようだ。……どうしよう。渡世に話しかけるとか、緊張するんですけど。
重い腰を上げて、私は一歩、また一歩と彼に近づいた。
「あのっ!」
思ったより、大きな声が出てしまう。
渡世は目線を窓の外から私へと向けた。目にかかる真っ黒な前髪の隙間から、渡世の切れ長で細い瞳が見えた。
「プリント。まだ出してないよね?」
緊張しながらも、冷静を装って言う。
「……ああ。悪い。忘れてた」
低くて男らしい声。渡世の声をまともに聞いたの、初めてかも。
渡世は引き出しからプリントを取り出し、私に差し出す。
「いつもおつかれさま」
黙ってプリントを受け取る私に、意外にも彼のほうから声をかけてきた。その表情は思ったより柔らかくて、私の思い描いていた渡世像とはかけ離れていた。
もしかして、案外話しやすい人だったのだろうか。そう感じた私は冗談交じりにこう言った。
「たまには渡世がやってもいいんだよ。雑用係。ほら、かわりにこのプリント持ってってくれてもいいし」
回収したプリントの束を丸ごと渡世に押し付けると、渡世は苦笑した。
「俺に雑用係をやらせたかったら、朝倉はまずじゃんけんに勝つとこから始めないと」
するすると流れるように繋がる会話に、自然と呼ばれる名字。ひとつひとつに驚きを感じながら、私は思い切ってずっと気になっていたことを口にする。
「……ねぇ、どうしていつも私に勝てるの? 渡世って本当にできるの? 未来透視ってやつ」
そう言うと、彼はふっと小さく笑った。
「お前はわかりやすいから、透視なんかしなくたってなにを出すかすぐにわかる」
「えっ?」
「まず最初に、朝倉はチョキを出す確率が高い。別の手を出す時は、無意識に逆の手をしてるんだ。たとえばグーを出そうとしていたら、じゃんけんをする前にお前の手はパーの形になってる。逆にパーのときはグーの形。グーでもパーでもないはっきりしてない時は、大体チョキ」
まったく意識していなかった自分の癖を、渡世にべらべらと暴かれていく。というか、この短期間でそんな細かい癖を見抜くなんて、やっぱりただ者じゃない。
「……そんな細かいところに気づくなんて、すごいね」
「お前がわかりやすいだけだ」
「普通気づかないよ。渡世が普通じゃないんだって。てかさ、そこまでわかってるなら、わざと負けてくれる男気を見せてくれてもよかったんじゃない?」
話しかける前はあんなに緊張していたのに、嫌味を言えるくらいの余裕が出てきた。
「面倒事を自ら引き受けるような男気は、あいにく持ち合わせてない。……でも、この癖を教えてやったから、次の勝負はどうなるかわからないな」
たしかにそうだ。癖を教えてくれたのは、渡世なりの優しさなのか。
渡世はガタリと音を立てて、鞄を抱えて椅子から立ち上がった。
「プリント、忘れずに持って行けよ。雑用係」
私を見下ろしながら、意地悪な顔で意地悪な言葉を浴びせると、颯爽と彼は教室から出て行った。
……渡世全。思ったより話しやすくて、思ったより嫌味なやつ。そして思った通り、変人。
「次は絶対勝つんだから……!」
誰もいなくなった教室で、私はひとり呟く。大嫌いだったじゃんけん勝負が、初めて待ち遠しくなった瞬間だった。