その後、樹本は警察に引き渡すことになり、講師は辞めさせられた。
まあ、当然の措置だろう。
玲夜が鬼龍院の権力を使って闇に葬らなかったのが奇跡に等しい。
命拾いしたなというのが素直な気持ちだった。
柚子のロッカーにあった手紙の指紋と照合したところ、樹本と一致。
講師なのでロッカーの鍵も使いたい放題だったのだから、何度ロッカーを変えても無意味だったはずだ。
学校側も人当たりがよくて評判な樹本が犯人とは思っておらず、学校内に少なくない波紋を呼んだ。
しかも、柚子のロッカーが荒らされていたのは多くの女子生徒が見ていたので、樹本の話は一気に拡散。
翌日には全校生徒が知るところとなったので、学校側も慌てて保護者会を開いたようだ。
柚子は参加していないのでどんな説明があったかは知らないが、柚子の保護者を代表して参加した沙良が大いに立ち回ったらしい。
その勢いで学校内の至る所に鬼龍院の護衛を置くことを認めさせてしまったのだからすごい。
沙良は今回の問題を玲夜以上に怒っていたようで、保護者会の後柚子を散々慰めてくれた。
服をズタズタに引き裂かれていた光景は少なからず柚子にショックを与えたが、ちゃんと犯人が捕まったのであまり不安はない。
それどころか、柚子がショックを受けていると気を遣ってくれた沙良が、しばらく柚子と一緒にいるべきだと玲夜を強制的に休暇させたのだ。
なにやら沙良が千夜を説得してくれたようで、柚子としてはむしろ役得だった。
柚子はここぞとばかりに玲夜に甘える。
玲夜の膝の間に座り、膝枕をしてもらい、まろとみるくのようにスリスリと擦り寄る。
そうしているとなんだか安心するのだ。
問題ないと思っていても、やはり今回の事件は衝撃が大きかったのかもしれない。
「やけに甘えただな」
そう言う玲夜は珍しい柚子の甘えっぷりに機嫌が最高潮にいい。
「嫌?」
そんなはずはないと分かっていて意地悪く聞くのは、玲夜に否定してほしいからだ。
「いいや。毎日こうしていたいな」
柚子の願い通りの言葉をくれる玲夜に抱きつくと、難なく受け止めてくれる。
そしてどちらからともなく唇を合わせた。
「柚子」
「なに?」
「旅行へ行きたくないか? 新婚旅行だ」
「えっ! 旅行!?」
思わず大きな声で聞き返してしまう。
「行きたいんだろう?」
「そうだけど、どうして……」
「旅行のパンフレットを隠してるのを見ていたからな」
新婚旅行には行きたいと思っていた。
けれど不可能だろうと思っていたので、気分だけ行った気になるべくパンフレットだけこっそり取り寄せていたのだ。
玲夜に見せると行きたがっているのがバレてしまうので、変な気を遣わせないために隠していたのに気付かれていたのか。
「行きたいか?」
「そりゃあ、行きたいけど、仕事が……」
「妖狐の当主が介入してくれたおかげで、一龍斎との問題が予定より早く片付きそうなんだ。もうすぐ夏休みだろう? 行きたくないか?」
「行きたい!」
答えなど最初から決まっている。
「なら、どこに行くか一緒に考えよう」
「ほんとのほんとに行けるの?」
「ああ。さすがに護衛も必要だからふたりきりとはいかないがな」
「それでもいい! ありがとう、玲夜!」
無理だと思っていた願いが叶いそうで、柚子は幸せいっぱい笑顔を浮かべる。
なにより些細な自分の言動を気にしてくれていたことが嬉しくてならなかった。
夏休みまでもう少し。
柚子はカレンダーを見て顔をほころばせた。