なんとなく鳴海と気まずい空気が流れる。
 柚子だけがそう思っているだけなのかもしれないが、なぜあそこまで嫌われているのか未だに分かっていない。
 まだ入学して一カ月ほどしか経っていないのだ。
 その間に鳴海と話したのは数回だけ。
 むしろ澪との方が喧嘩腰だが会話をしていると思う。
 知らないうちになにかしてしまったのだろうか。
 柚子が悪いなら理由を教えてくれればいいのだが、聞く耳を持ってくれそうにない。
「どうしたものかなぁ」
 ロッカーで私服に着替えながら柚子は頭を悩ませた。
 着替え終わったのを察した龍と子鬼が姿を見せる。
『放っておけばよい。我が排除してもよいぞ?』
「玲夜みたいなこと言わないでよ。……念のため聞くけど玲夜に話した?」
 龍はそっと視線を逸らした。
 子鬼ふたりもである。
「言っちゃったんだ。でも、玲夜からなにも聞かれてないけど、どういうつもりなんだろ? 知らないうちに対処されたら怖いから止めておかないと」
 言って聞いてくれるかは柚子のお願いの仕方次第なところがあるが、放置するわけにもいかないだろう。
『別に止めずともよくないか? あのような者どうなろうが関係なかろう』
「嫌み言われただけじゃない。それに彼女が怒ってた理由にも完全に反論できないし。……見せびらかしたつもりはないんだけど、結果的にはそう見えてもおかしくない状況だったからなぁ。金持ちの自慢と取られても仕方ないのかも」
 少し浮かれすぎていたのかもしれない。
『あの者、柚子が鬼龍院の新妻だと知らぬのではないか? 教えたら嫌みも言えなくなるであろうに』
「そんな権力で物を言わせるのも嫌だもの。ただでさえ普段から虎の威を借る狐状態なんだし。学校内の問題ぐらい玲夜の力を借りないで自分でなんとかしないと。さすがに実害が出てきたら相談しないといけないけど」
 相談したが最後、確実に学校を辞めさせられそうである。
『柚子になにかあったら即辞めさせそうではあるな』
 今まさに柚子が心の中で危惧したことと同じ内容を龍が口にする。
「だからこそ玲夜に相談しづらいのよ。玲夜の気持ち無視して通わせてもらってるわけだし……。あれ?」
 鞄に荷物を詰めていた柚子はロッカーの中に置かれていた封筒に気がついた。
『どうしたのだ?』
「あーい?」
「あい?」
 柚子の異変に龍と子鬼が柚子の手元を覗く。
 封筒の中には一枚の便箋が入っており、紙にはボールペンで、『今日の君も綺麗だよ。僕の柚子』と書かれていた。
「えっ、なにこれ。気持ち悪い」
 内容を理解すると一気に総毛立った。
 しかもいつの間に入れたのか。
 ロッカーはひとりひとりに用意されており、それぞれに鍵がかかっている。
 鍵は授業中ずっと柚子が持っていたのだ。
 柚子は慌てて鞄の中を確認するが、なにか取られた形跡はない。
 ほっとしたが、素直に安心できない問題が発生してしまった。
『柚子、実害が出ておるではないか。これはさすがに報告案件であろう』
「えっ、いや、ちょっと待って。まだ手紙が入ってただけだし」
『しかし、鍵がかかっておったのだぞ? なにも取られていないか?』
「それは大丈夫みたい。ちょっとした嫌がらせかもだし、少し様子を見てからにしよう。別のロッカーに変えてもらえば解決するはずだから」
 龍と子鬼は不服そうな顔をしていたが、玲夜には告げ口せずにいてくれた。
 次の日、変えてもらったロッカーからまたもや手紙が出てきた。
 内容は『今日のワンピースよく似合っているよ。僕の柚子』と書いてあった。
 頭を抱える柚子。
 気味の悪い手紙に、柚子は怯えた。
 手紙に対してではない。手紙の存在を知った玲夜がぶち切れるのを想像してだ。
「ヤバいヤバいヤバい」
 いつぞやの透子のようにヤバいを繰り返す。
『うーむ。これを知られたら絶対に辞めさせられるな』
「あい」
「やー」
 龍の冷静なコメントに子鬼たちがうんうんと頷いている。
「ま、まだ二回目だし、実害があるわけじゃないから、大丈夫大丈夫」
『現実逃避しておるな』
「玲夜怖い」
「玲夜キレる」
 ただの嫌がらせだと言い聞かせて日々を過ごしていた柚子だったが、日を追うごとに手紙の内容は過激さをましていく。
 一応教師には報告した。
 その度にロッカーを変えてもらったが、どうやっているのかしっかりと鍵をかけたはずのロッカーの中に手紙が入れられているのだ。
 これを重く見た学校側は鍵の管理を徹底するようにしておくとし、柚子にはひとりで行動しないようにと注意を促された。
 さすがにここまでくると玲夜に相談せねばと思うのだが、なにか問題が起きたら辞めさせると言われていたのを思いだし躊躇してしまう。
「あー、どうしよう」
 言いたくない。けれど、報告せずに放置していたら余計に後が怖いことになる。
 そんな時に頭に浮かんできたのは桜子だった。
 柚子はすぐさま桜子に電話をした。
「もしもし、桜子さん。今いいですか?」
『ええ、かまいませんよ。どうされましたか?』
 柚子は順を追って最近学校で起こっている問題を話した。
『それはまた困ったことになりましたね』
「玲夜に話す前に桜子さんに相談したくて」
『ええ、ええ。玲夜様に知らせたが最後、確実に辞めさせられますでしょうね』
「やっぱり桜子さんもそう思いますか」
 なんとか逃げ道はないものか。
『子鬼と霊獣様は一緒ですか?』
「はい。手紙の件があってからは常に一緒にいてもらうようにしてくれてます」
『それがよいでしょうね。霊獣様がいらっしゃれば大抵のことは解決してしまいますから』
「それでも心配性なのが玲夜なんですよ」
 それは言わずともあやかしである桜子の方がよく分かっているだろう。
「どうしたらいいですか、桜子さん? まだ全然勉強できてないのに辞めたくないんです」
『……承知しました。玲夜様より先に私を頼ってくださった柚子様のために、ひと肌脱ぎましょう!』
「ありがとうございます!」
 やはり桜子に相談してよかったと思った瞬間だった。
『沙良様にはご相談してもよろしいですか? そうすれば密かに護衛を学校内に配備できますから。それにバレた時の対策にもなりますわ』
「桜子さんにお任せします」
 沙良ならば、現状を知っても玲夜に告げ口したりせずに柚子の味方になってくれるだろう。
『柚子様は今まで通りに学校へ通ってくださいまし。その間に私の方で調べておきますので』
「よろしくお願いします!」
 こうして柚子は強力な味方を得たのだった。