屋敷に帰ると、久しぶりにゆっくりとした時間を玲夜とふたり過ごすことができた。
帰ってすぐにしたのは、支給されたばかりのコックコートを着て、一番に玲夜に見せたことだ。
「玲夜、見てみて~」
スーツからゆったりとくつろいだ浴衣に着替えた玲夜の前でくるりと回ってみせる。
「似合う?」
「ああ。よく似合ってる」
玲夜に褒めてもらえるのがなにより嬉しい。
けれど、透子にもこの姿を見せたくなった柚子は、玲夜に全身写真をスマホで撮ってもらい、それを透子に送信する。
すぐに既読がつき、『柚子かわいい!』というメッセージが帰ってきた。
『ありがとう』と返信していると、コンコンと小さくノックの音がする。
柚子が扉を開けると、足下から元気のいい声が聞こえてくる。
「あーい!」
「あいあい!」
どうやらノックの主は子鬼だったよう。
子鬼はいつもの甚平ではなく、柚子と同じコックコートとコック帽を着ていた。
「かわいい!」
「似合う?」
「どう?」
『なかなか似合っておるだろう?』
子鬼の後ろから龍とまろとみるくまで部屋に入って来た。
子鬼は駆け足で玲夜の元へ行ってコックコートを自慢げに見せている。
玲夜も満足そうに口角をあげている子鬼たちの衣装は、玲夜から元手芸部部長への正式依頼第一弾になったものだ。
コックコートと聞いて、元部長は鼻血を噴き出しそうになりながら、親指をグッと立てたとか。
写真は必ず送るように頼まれているので子鬼を呼ぶ。
「子鬼ちゃん。写真撮るからテーブルの上に立ってくれる?」
「あーい」
「やー」
ぴょんと飛び乗った子鬼を写真に収め、柚子はしばし逡巡。
せっかくだからと透子や高校時代の友人たちにも共有したところ、続々とメッセージが送られてきた。
『いやぁぁん、かわいい!』
『かわゆす』
『子鬼ちゃん、ラブ』
『次の作品に期待大! 続報を待つ』
などなど、高校を卒業しても子鬼の人気は健在のようだ。
このように気安くやり取りできる友人が料理学校でもできたらいいのだが。
今日声をかけてくれた澪はとても話しやすくてぜひとも友人になれたらいいのにと柚子は思った。
一度着替えてから戻れば、子鬼も甚平に着替えており、コックコートと帽子を正座をしながら丁寧に畳んでいた。
その姿がなんとも愛らしいので、その場面も思わず写真に収めてしまう。
「アオーン」
足下を擦りつけるようにまとわりついてくるまろを撫でてから、柚子は玲夜の足の間に座った。
柚子が微笑みかければ、表情を緩めた玲夜が優しい触れるだけのキスを何度も繰り返す。
「ねぇ、玲夜。今度お店をどうするか業者の人と話したいんだけど、いつがいいかな?」
「そうだな。一年で卒業なら早い方がいいだろう。業者に屋敷へ来るように連絡しておく。後で都合のいい日にちを高道に言っておいてくれ。俺は一緒にいられないかもしれないから桜子に頼むか」
「桜子さんに迷惑かけるのも申し訳ないからひとりでも大丈夫。屋敷の中だし、いざとなったら雪乃さんに相談できるもの」
「ちゃんと護衛はつけるぞ?」
「うん。玲夜に任せる」
たとえ屋敷の中といえど、他人を入れるならば護衛は必須だとあきらめているので反対意見はない。
花嫁以上に、鬼龍院玲夜の妻という価値が分からないほど柚子も鈍くはないのだ。
「できれば制服も準備したいんだけど、ネットで探せばいいのかな? それに店を開くなら食材の仕入れ業者も考えておかないとだよね」
やらなければならないことが山ほどあって、どこから手をつけたらいいのか分からない。
「それも高道に伝えておけば、準備してくれる。店を建てるのも服を作るのも仕入れ業者も、鬼龍院のグループ内の会社ですべてまかなえるからな」
「今さらながら鬼龍院の会社の大きさに驚いてる。それと高道さんの万能さに」
「本当に今さらだな」
玲夜は微笑むだけだが、鬼龍院がそこまで手広く事業を行っているとは、勉強不足を実感させられてしまう。
「……あれ? 私、料理の勉強するより鬼龍院のこと勉強するのが先かも?」
「本当に今さらすぎるな」
玲夜は今度こそ、くっくっくっと声をあげて笑ってしまった。
「柚子はそのままでいい。好きなことを好きなようにしている生き生きした柚子が一番だ」
「玲夜……」
玲夜の思いやりに感動して抱きつく。
「だが、樹本仁とは必要以上に接触するなよ」
「それ忘れてなかったのね」
さっきの感動を返してほしいと、柚子はがっくりした。