「時田」


突然呼ばれて反射で振り向く。

気まずそうに、でも真っ直ぐにわたしを見る大野くんの視線とぶつかった。

大野くんとこうして顔を合わせるのは、わたしが八つ当たりをして以来。

わたしも気まずくて、思わず視線を逸らした。


「少しだけ、話がしたい」
「……わかった」


ドキドキしている。

怖いと思う気持ちと申し訳ないと思う気持ちが重なり、変に脈を打ち始める。

美紅ちゃんに少し遅くなるから先に食べといてというメッセージを、大野くんの後ろをついて行きながら打つ。

止まったのは非常階段。

普段から誰も使わずひと気のない場所。

大野くんはわたしに振り返ると深く頭を下げた。


「ごめん!」
「大野くん……?」
「考えてみた。振り返ってみた。やっぱり俺、時田のこと傷つけてたと思う。空気読めてなかった」


突然の謝罪に戸惑ってしまう。

ゆっくりと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

前はどこでも気にせずに話していたけど、こうしてひと気のない場所に移動してくれるあたり、きっとわたしのことを考えてくれた。

周りの目を気にしてくれたんだと思う。


「俺が時田と話したくて、味方だからって伝えたくて。でもそれを良く思わない人もいたんだよな。軽率だった」


きっと素直な人なんだろう。

闇に触れたことがないくらい綺麗で真っ直ぐな人。

それは前から気づいていた。

この世界は優しいと思っている。

大野くんはそんな人。

いや、たくさんの優しさに触れてきて、優しさに包まれていたからその世界しか知らない。

そんな人なんだ。


「あそこまで言われないと気づけないなんて情けないけど、傷つけたいわけじゃなかった。苦しめたいわけじゃなかった。って結果的に迷惑かけてるんだけど……」


上手く言葉を見つけられなくて困っている。

一生懸命に考えて伝えようとしてくれる大野くんは優しくて素敵だと思う。