「あっれー?雨なんか降ってたっけ?」
俯きがちに廊下を歩いていると憎たらしい声が耳に届いた。
そしてすぐに、声の主である後藤さんの顔が視界に入ってくる。
気味悪く口角を上げるその人に思わずゾッとした。
まるで悪魔だ。
顔を背けると髪を引っ張られて、無理やり見たくもない悪魔に視線を戻される。
最悪だ。
気分が悪い。
あとは帰るだけだというのに、さっきから立て続けに悪いことが起きる。
「最高だね」
ニヤッと笑う顔はやっぱり不気味で身震いした。
これは水を浴びたせいじゃない。
この人のこういう顔はそこらへんのホラー映画よりもおぞましい。
それこそ、この世のものとは思えない、
フィクションを超えたノンフィクション。
現実はいつだって、架空を超えてくる。
「今の顔、残しときたいな」
「嫌!」
スマホのカメラを向けられて、思わずその手を振り払った。
手からすり抜けたスマホは宙を舞う。
その時に見えた後藤さんの顔は馬鹿みたいに焦っていてそれが滑稽で、少しだけスッキリした。
必死な顔でなんとか落とさずに手の中に再び収めるとほっとしたような顔をした。
けどすぐにその顔は怒りで歪み、すごい勢いで胸倉をつかんでくる。
「お前、ふざけんなよ」
つかんだ手を引き寄せられて、至近距離で彼女の罵声と飛沫を浴びた。
不快感もあるけどそれ以上に、声の大きさや迫力に気圧される。
何も言い返すことができず、やり返すこともできず、そのまま乱暴に殴るように押されてから手は離された。
「っ、」
痛さよりも悔しさから俯いて下唇を噛みしめる。
ムカついてるし、言いたいことは山ほどあるのに、心の中で思うだけで何も言い返せない自分にいちばん腹が立つ。