「今日はどうする? 勉強教える?」


いつものようにユイくんの車に乗り込み、シートベルトをつけていると聞かれる。

あの事件以来、わたしに対する直接的な嫌がらせはなくなったから、ユイくんに学校でのことを相談することは減った。

それでもドライブは続いている。

今は、ただ家に送ってもらうだけだったり、どこかお店に入ってご飯を食べて雑談したり、勉強を教えてもらったりしている。

ユイくんといるだけで楽しいし、わたしの心は安定する。

まだあの時の傷が完全に癒えたわけではないから。


「今日はドライブしたい」


少し空気がピリっとした。

ユイくんはそれだけでわたしが何か話したいことがあるんだと気づいたみたいだ。

一呼吸置いてから「わかった」と返事をして、車はゆっくりと静かに動き出す。

日が落ちるのが早くなってきた。

輝いているような綺麗なオレンジ色の空も少しずつ藍色に侵食されてきている。

飽きることなく空を見続けていると車体が傾く。

急勾配の上り坂だ。


「あ、鹿だ」
「え?ほんとだ」


ユイくんの視線を辿れば、鹿がかわいいおしりをこちらに向けている。

じっと見つめているとぴょんとジャンプして行ってしまった。


「あんなに近くで初めて見た」
「俺も。知り合いが動物園って言ってたのはこういうことか」


他に車もいないからゆっくりと進んでいく。

暗くなった世界に野良猫やテンなんかも出てきて、ライトで目がギロッと光りいちいちびっくりしてしまった。

驚きはするけど楽しくてわくわくしながら外を眺めるも、坂を登りきると野生の動物は出てこなかった。

頂上の広い駐車場に到着して車を停める。

トランクを開けてそこにユイくんと並んで座った。


「で、最近学校はどんな感じ?」


ユイくんから話を振ってくれた。

すでに真っ暗だからあまり顔は見えないけど、わたしのほうを向いているのはわかる。

上を見ると満天の星が降ってきそうなくらいたくさんの眩い光が瞬いていた。


「わたしへの嫌がらせも冷たい視線もなくなって、行きやすくはなったけど楽しくはない」
「理由は?」
「理由は……」


はっきりとはわからない。

言葉にするのは難しいけど。


「また、始まったんだなって」


わたしではなく後藤さんへ、みんなからの制裁。
という名のストレス発散なのかもしれない。

今の学校での状況をユイくんに全部話す。

わたしは何もされていないし、むしろかばってさえもらっている。

嫌なことはないけど良いわけでもない。

普通とも思わない。