そういえば、わたしは今日その視線を浴びていない。
いきなり話しかけられたことに戸惑ってばかりで、そこまで思考が回っていなかった。
ターゲットが変わったんだ。
これまでターゲットを決めるのは後藤さんだった。
だけど、今回は違う。
一人一人が個人として後藤さんをターゲットにしている。
その個人が固まってみんなになっているだけだ。
誰も今日からあいつがターゲットだと指を差したわけではないから。
「よく学校に来れるよね」
「殺人未遂みたいなものなのに」
「どんな神経してんだろ」
「空気悪いわ。換気しよ」
「今まで通りにいくわけないよね」
昨日の後藤さんへの非難はあの時だけではなかった。
これからも続いていく、序章にすぎなかったんだ。
「あんなことしてよく普通でいられるね」
「莉緒はよく耐えたよ。かっこよかった」
「ほんとひどいよね。最低」
わたしは何も言えなかった。
言わなかった。
今の状況を他人事のようにただ見ていた。
外から見たらこんな感じなんだ。
わたしはこんなふうに、みんなから見られてコソコソと悪口を言われていたんだ。
と、昨日までの自分の状況を客観的に知ることができた。
後藤さんの背中が小さく感じる。
でも、正直すごいと思った。
教室に入る時にちゃんと挨拶をしていた。
わたしはどうだっただろうか。
思い出してみるとそんな記憶はない。
自分から挨拶をするということがどれだけすごいことか、わたしはわかる。
それ以上でもそれ以下でもない感想。
ただ、それだけ。
遅れて戸田さんが登校してくる。
わたし同様にクラスの女子に囲まれ、仲の良い男子に話しかけられいつも通りだった。
違うのは後藤さんと一緒にいないということだけ。
後藤さんの存在が消えただけ。
それから後藤さんはまるで空気。
あんなに目立っていてカースト上位に位置していた後藤さんだけど、今はクラスで浮いた存在となっていた。