一回で十分すぎるほど濡れたにも関わらず、両サイドから再び楕円形に歪んで動く水の塊が迫ってくる様子がスローモーションに見えた。


「っ……」


水の勢いに目を閉じて足を踏ん張る。

ほんと、いつどこで見られているのかわからない。

普段は空気のように扱うくせして、実はすごく意識してわたしのことを監視するように見ているんだからタチが悪い。


「色目使ってんなよ」


敵意のこもったセリフのあと、バケツを投げられるから腕でガードする。

顔を向けると六つの裏切り者を見るような目にぶつかった。

その目は決して許さないと訴えている。

そのうち二つの目は、夏休み前までわたしを優しく見てくれていたのに。

今では冷たく鋭い視線を向けられている。

これが大野くん非公認の親衛隊だ。

親衛隊のリーダーらしき女子がわたしに背を向け歩き出すと、横の二人もさらに敵意むき出しで睨んでからこの場を去っていく。


「……はぁ、」


ジンジンする腕の痛みを感じながらため息をつく。

だからね、何もしないでほしいんだ。

大野くんのできることは何もしないことなんだよ。

力が抜けてその場にしゃがみこむ。

濡れたシャツが肌に貼り付いて気持ち悪い。

九月でまだ気温はそれなりに高いとはいえ、水は冷たいんだ。

深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

数回それを繰り返し気持ちを切り替えてから立ち上がり、ほうきとバケツを片づける。

室内じゃなくてまだよかった。

不幸中の幸い、とはこのことか。
いや、超不幸中の不幸くらいだろうか。

ここは多少濡れても大丈夫な場所だから。
……多少かどうかは微妙だけど。

小さく水溜まりができてしまった地面を見つめる。

でもわたしのせいじゃないし。

そう思い歩き出した。