「やりすぎ」

だけど、一向に痛みはやってこなくて状況を確認しようと恐る恐る片目を開けたと同時に低めの落ち着いた声が響いた。

自分の目を疑う。

周りもぎょっとしたように目を見開いていた。

そこには素手で後藤さんの持っているカッターを掴んで、動きを止める戸田さんがいたから。

強く握られた拳からはじわじわと赤い液体が流れている。


「おい戸田。止めんなよ」
「だから、やりすぎだって」
「ふざけんなよ。最近邪魔ばっかしやがって。裏をちょこちょこついて来る金魚の糞のくせに」


後藤さんが鬼の形相で戸田さんに詰め寄るけど、戸田さんは全く引く様子はなくむしろ冷めた顔つきをしている。

二人が真正面からぶつかっているのは初めて見た。

基本的に後藤さんが言った通り、戸田さんは後藤さんの後ろをついて行っている印象しかない。

タイプは違う感じだけど、だからこそ仲良くできているのかと思っていた。


「そうだね。でも、さすがにやりすぎ」
「調子乗んなって」
「調子に乗っているのはどっちだろうね? 周り、見てみなよ」


怒りが沸点に達している後藤さんが冷静な戸田さんのセリフにふと周りを見た。

その瞬間、空気がピリっとして緊張が走った。

わたしも同じように周りを見ると、そこにはクラスメイトからの冷ややかな鋭い視線があった。

睨むような、蔑んでいるような、憐れんでいるような、呆れているような。

そんな様々な感情をもったたくさんの視線が、わたしではなく後藤さんに向けられていた。

ゴクッと唾を飲む音が聞こえるほど静まり返った教室。

ゆっくりと後藤さんの手からカッターが離され教室中を見回した。

その間もずっと後藤さんに視線が向けられていることは変わらない。


「な、なんだよ! お前らがやれって言ったんだろ⁉」


怒鳴るような、訴えかけるような、そんな声。

後藤さんが乾いた笑い声を上げても変わることのない視線。