「車で送ってもらってたあの男、誰?」
ビクッと肩が上がって、思わず後藤さんに顔を向けた。
勢いよく振り向いたせいでセミロングの髪の毛の束が後藤さんの顔面に当たり、彼女は変な声を出して顔を歪めた。
――やっちゃった。
なんて思ってしまっても、やってしまったあと。
時を戻すことなんてできない。
正直、顔を近づけてきた後藤さんにも非はあると思うけど、わたしがそんなことを言えるはずもない。
「……ウザ。ウザウザウザ! その髪切ってやる。ハサミ貸して」
近くの席の人に手を出して催促する。
催促された女子は戸惑ったように目を泳がせたけど、後藤さんには逆らえず筆箱を開けた。
そして、ハサミを出そうとした時。
「お。カッターあんじゃん。そっち貸してよ」
貸して、と言いつつ筆箱を奪うように取り自らカッターを取り出した。
カッターを手に舌なめずりをする後藤さんは妖怪のようだった。
カチャカチャと音を立てて刃を出していく。
三センチ程むき出しになった鋭利な刃が窓から差し込む太陽の光でキラリと光った。
カッターを向けられた恐怖が思考を支配する。
周りの音は何も聞こえず、自分の心臓の音だけがやけに大きく響きだした。
今まで向けられていた敵意とは違い、身の危険を感じるほどの殺意が伝わってくる。
いつから後藤さんはこんなに暴力的になったんだろう。
全てを許される無敵な存在になったんだろう。
こんな状況でも、誰も止めてくれないことはすでに知っている。
わたしの味方をしてくれないことを知っている。