「時田」


また一歩、距離をつめられるともうそこは大野くんの世界。

逃げたくても逃げるなんてことはできず、彼の言葉を待つ。


「俺にできることはないかな?」


眉を下げて、心の底から心配しているような表情をつくる。

いや、きっと心の底から心配してくれているんだと思う。

だけどね……うれしくないんだよ。

言葉には出さず、静かに首を縦に動かした。


「何もないの?」


その質問にも先ほどと同じ動作を繰り返す。

悲しげに瞳が揺れたけど、それには気づかないふりをして笑顔をつくった。

気づかないふりくらいしてもいいでしょ?

だって、大野くんも何ひとつ気づいてくれないんだから。


「じゃあさ。せめてまた、話しかけてもいいかな?」


その質問には応えなかった。
瞬きひとつせず、まったくの反応を示さないようにした。

それが答え。

大野くんはわたしのこの反応に何を感じとったかはわからない。

けど「またね」なんて言葉を残して去っていくから、わたしの伝えたいことは感じとってもらえなかったと思う。

大野くんが見えなくなるとすぐに後ろから葉っぱのこすれる音が聞こえた。

誰かいると気づいた瞬間には、バシャッという音とともに感じる冷たさ。

髪の毛からは雫がポタポタと不規則に落ちている。