下唇を噛みしめ、目に力を入れて感情をこれ以上表に出さないように我慢する。

わたしが反応すればするほど、調子に乗ることくらいわかりきっている。

感情を消して何も反応しないことが一番いい。


「あんたの反応はおもんないけどな」


むしろ、おもしろいと思われないようにしているんだからその言葉は誉め言葉だ。

けど、後藤さんにとってはおもしろくない、というのも気に食わないみたいで不満そうな顔をしてわたしの机を蹴った。


「調子乗んな陰キャ」


蹴られた拍子に机の上に置いていた筆箱が床に落ちて中身が散らばる。

わたしのお気に入りのシャーペンをわざと踏みつけると、鋭く睨みをきかせてわたしから離れた。


「時田、大丈夫か?」


いつから見ていたのか。

後藤さんと距離ができたタイミングで大野くんが教室に入ってきた。

今声をかけてきたということは、きっと見ていなかったんだろう。

もし見ていて声をかけてきたなら鈍いにもほどがある。

新手のいじめだ。

大野くんが駆け寄ってきたけど、散らばった筆箱の中身を急いで集めて仕舞ったあと、一度も大野くんを見ることなく教室を出た。

舌打ちや悪口と思われるヒソヒソ声が後ろから聞こえてきたけど、振り向かずに歩みを速めた。

わたしが教室を出て行くことに対して止める人は誰もいない。

いてもいなくても変わらない存在。

わかっているけど、それってすごく寂しいことだ。

人間もうさぎと同じで、寂しいと生きていくことなんてできないんだと思う。

廊下を歩いていると痛いほどの視線。

わたしを見た人がコソコソと隣の人に耳打ちをする。

その時に私から視線を逸らさない。

知っている。
これはわたしのことを言っている。

誰かの陰口を言う時はみんな同じ行動をするからわかる。

二学期に入ってからわたしを見る人はずっとこの行動をしているから。

聞こえてくる悪口。
嫌悪を抱いた視線。

もう嫌だ。
こんな世界。

荒んでいる世界。
醜い世界。
救いのない世界。
黒い闇に包まれている世界。
もがいても抜けられない、光のない世界。


こんな世界、逃げ出したい。
逃げ出せない。
逃げ出したい。
逃げ出せない。
逃げ出したい。


……逃げ出せない。