「……少しも、俺に望みはない?」
「うん、ごめんね」
「……いや、俺のほうこそ本当にごめん」
大野くんの謝罪はいきなりキスしたことに対してだろう。
それについてはもう何を言っても、変わりはしない事実で過去だからどうすることもできない。
わたしは黙って頷き謝罪を受け入れた。
「あと、こんなにハッキリ言われて脈ないことわかってる……けど、まだ諦めることはできそうにない」
顔を上げると先程と変わらない強く真っ直ぐな眼差しに見つめられていて胸がキリッと痛んだ。
だとしても、わたしの気持ちだって変わらない。
優先順位も大野くんよりミライちゃんだ。
気持ちは嬉しいけど、それに応えることができないのは苦しい。
人の心ってすごく繊細でちゃんと見えないから難しい。
「それでもいい?」
「……わたしは、わたしのしたいようにするよ」
ここで何て言うのが正解かわからなかった。
大野くんの気持ちを否定するのも拒絶するのも違う。
だから、曖昧に笑うことしかできなかった。
わたしが決めることではないし、わたしが許可をすることでもない。
自分の人生は自分の好きなように生きるべきで、他人の許可も指示も必要ない。
と、わたしは思うから。
「……そういうところが好きだよ」
「え?」
「ううん、こっちの話。じゃあ、俺は俺で時田に振り向いてもらえるように頑張るから覚悟しといて」
カラッとした夏の天気と同じような爽やかな笑顔を浮かべて堂々と宣言をすると、重たそうなサッカー部のスポーツバッグを肩にかけながら走って行ってしまう。
残されたわたしは遠くなる大野くんの背中を少しだけ見送ってから立ち上がり、おつかいの品を持って帰路についた。