「ほら、シートベルト」
「うん」


促されて右手を伸ばしてシートベルトを引っ張る。

カチッと音が一回聞こえると車はライトをつけて前方を照らし動き出す。

ユイくんはいつのまにかシートベルトをつけていたらしい。

いつも行動がスマートで流れるように何でもしていくから、さらっとしてしまって気づかないことが多い。

本当にいつしめたのかわからなかった。


「聞いてほしいこと、あるんじゃないの?」
「うん、ある」
「今なら話せる?」
「うん、話せる」


車がスピードに乗っていく。

ユイくんはわたしの話しやすい環境をつくってくれる。

話したくなる雰囲気をつくってくれる。

それはユイくんがわたしの話を聞きたい、と強く思ってくれていることがわかるから。

プレッシャーにならない程度の絶妙な興味。
だから話したくなるんだ。


「行きたいところがある。けっこう遠いからその間ずっと話しててよ。聞いとくからさ」


暗い闇を進んでいく車。

闇は怖いけど、ユイくんが隣にいるだけで怖くない。

ユイくんは本当に不思議な存在だ。安心できる存在だ。

聞いてもらいたくて話をする。

後藤さんのこと、クラスメイトのこと。


「わたしが勇気を振り絞ったところで、何も変わらないんだなって思ったんだ。知ってたけど」


自分の中でどれだけ大きな覚悟を決めたとしても、周りの人はそんなの知らない。

勇気を出したところで、覚悟を決めたところで、変わるわけではない。


「じゃあ、わたしの覚悟はなんだったんだって思ったりもしたけど、でもわたしのためであって他の誰かのためじゃなかった」


わたしの言葉じゃ世界なんて変えることなんでできない。できるわけがない。


それだけで世界が変わるなら、生きるってもっと楽だ。

自由だ。

だけど、この世界は単純ではない。

人それぞれ、みんな違った考えをもっている。

きっとどれも間違っていない。
けど、正解でもない。


「わたしが伝えたかった。知ってほしかった。届いていなくても言いたかった」


わたしのために言った。
あわよくば伝わればいいなって思うけど。

でも、一番は自分のためであるべきだ。

自分の言葉で誰かを変えようなんて傲慢すぎる。