二日後、顔をだした浦川くんの落ち着いた瞳を見て、私の予感は話を聞くまでもなく的中するのがわかった。
ただ、嬉しそうにお母さんの所に行くと言った浦川くんが、続けて東京に行く日を口にした瞬間、ショックでなにも言えなくなってしまった。
浦川くんは、すぐに東京へと向かうことになっていた。理由は、転校の手続きをするなら夏休み前がいいらしく、そんなリアルな話によって、浦川くんがいなくなってしまうことをはっきりと感じることになった。
突然の急展開の中、今日の夕方には浦川くんは電車で旅立つというのに、私は相変わらず部屋から出ることができなかった。
本当は学校に行ってお別れ会に参加するつもりだった。そのため、体を引きずるようにして登校したけど、朝から遭遇した綾瀬さんによって、私の思考は完全にストップしてしまった。
『あんた、浦川と仲いいみたいね。でも、それって迷惑なんだけど』
学校に着く前に容赦なく浴びせられた言葉。なにがなんだかわからないでいると、綾瀬さんは馬鹿にしたような笑みで私にとどめを刺してきた。
『友達が浦川のこと気にいってるから、最後に告りたいんだって。だから、見送りには絶対に来ないでよね。そもそも、あんたは学校に来てないんだから、まさか都合よく見送りに来るつもりじゃないよね?』
周りにいた子たちが笑う中、綾瀬さんは無理矢理私に同意を求めてきた。パニックになった私は、なぜか浦川くんとの関係を否定してしまい、気づいたら綾瀬さんの提案にうなずいていた。
その後のことは記憶がなかった。泣きながら帰った私は、誰もいない家の中で悔しさに耐えきれずに声をあげて泣くしかなかった。
電車の時間が迫ってくる中、私は泣き疲れてベッドに倒れていた。自分の馬鹿さ加減にほとほと嫌気がさし、もうなにもかもがどうなってもいいと全てを諦めかけた時、いきなり私の部屋に詩が飛び込んできた。
「菜々美、どうしたの?」
開口一番、詩の心配した声が部屋に響く。詩には今日のことも含めて全てラインでやりとりしていたから、詩は心配になって来てくれたみたいだった。
「詩、私ね、やっぱり見送りには行かないことにしたんだ」
「行かないって、どうして?」
「ラインでも話したけど、綾瀬さんの友達に悪いし、それに、学校に行ってない私が行くのは変だし――」
「菜々美、それ本気で言ってるの?」
優しい口調から一転して声が低くなった詩の顔からは、完全に笑みが消えていた。
「本気だよ。色々考えたけど、やっぱり行かないほうがいいと思う」
「菜々美、もう一度聞くけど、本当にそれでいいの? 今日行かなかったら、一生後悔することになるかもしれないんだよ」
私の嘘を見抜くように、詩が厳しく追及してくる。もちろん、気持ちは行きたいに決まってたけど、その思いを行動に変える勇気も力も残っていなかった。
「私ね、菜々美から話を聞いて一つだけ気になってたことがあるの」
いじける私をよそにだんまりを続けていた詩が、急に真面目な顔つきで口を開いた。
「菜々美は、浦川って人と幸せを探していたっていうけど、本当に探してたの?」
「それって、どういう意味?」
意外なことを言い出した詩にその真意を聞くと、詩はじっと私を見つめてきた。
「綾瀬の家に行った時の話なんだけど、どう考えても変なんだよね」
「変って、なにが?」
「綾瀬の部屋に入るなり、本棚に隠してあった写真を見つけてるし、日記帳まで見つけてさ、まるで、あらかじめ知ってたみたいじゃん」
詩に指摘され、記憶が一気にあの日の夜にとんでいった。確かにあの時、浦川くんは迷うことなく本棚にあった写真を手にしていた。
「ということは――」
「浦川って人は、綾瀬の家に一度行ったことがあると思う」
詩の結論に、私は動揺をおさえきれなかった。あの時、浦川くんは一度来たことがあるとは言ってなかったし、むしろ初めて来るようなそぶりしかみせてなかった。
「でも、なんでそんなことしたんだろう」
「私が思うにさ、浦川って人は幸せを探すというのを口実にして、本当は菜々美に色んな世界を見せたかったんじゃないのかな」
「どういう意味?」
「なんかうまく言えないけど、浦川って人は、不登校になって苦しむ菜々美に色んな人の裏側を見せたり、最後にはきっかけを作った綾瀬の本当の姿を見せようとしたんじゃないのかな?」
詩の言葉に、私はだんだんと胸が熱くなってくるのを感じた。思い返したら、確かに変だといえる場面もあった。もしそれが全て浦川くんの思惑通りだとしたら、浦川くんは私のためにあれこれ動いていたということになる。
「でも、私は浦川くんとは接点なかったんだよ? 綾瀬さんとのことも、浦川くんは詳しくは知らないはずなのに、どうやって私が苦しんでるってわかったの?」
私の不登校は、綾瀬さんとのやりとりがきっかけだ。でも、教室の中とはいえ、ほとんど接点のない浦川くんが、どうやって私の異変に気づいたのか不思議だった。
「そんなの簡単だよ。浦川って人、特殊な力があるって言ってたよね?」
詩は言葉を口にしながら、右手の人差し指を自分の耳に向けた。その仕草が、浦川くんが秘密兵器を教えてくれた時の仕草とリンクして、ようやく全てがつながっていくのを感じた。
「菜々美に異変が起きた日、浦川って人は菜々美の心臓の音で気づいた。だから、菜々美の家に来たんだよ」
興奮気味に語る詩に、熱くなっていた胸が一気に苦しくなっていった。
「そこで苦しんでいる菜々美の状況を知った浦川って人は、登校してきた菜々美の心臓の音を聞いて、菜々美を誘うと決めたんじゃないのかな」
うんうんとうなずきながら語る詩の推測には、引っかかるものはなかった。浦川くんは音で状況を把握できる人だから、心音だけで私の状況を察知していてもおかしくはなかった。
「ここからは私の考えだけど、浦川って人は幸せ探しをするつもりはなかったと思う。幸せ探しは単なる口実で、本当はさっきも言ったように、菜々美に色んな世界を見せたかったんだと思う」
「でも、それが本当だとして、どうしてそんなことしたの?」
「菜々美を助けたかったんじゃない?」
「え?」
「だって、菜々美と浦川って人はなんか似てるもん。浦川って人の両親は離婚してるんだよね? だから、菜々美の辛さは余計にわかったんだと思う」
詩に言われ、浦川くんが両親のことを話した時のことを思い出した。浦川くんは家族がばらばらになったことに悲しんでいたし、独りぼっちになるのを恐れていた。
それは、今の私にもあてはまることだった。もし本当に両親が離婚してしまったら、きっと私も浦川くんと同じ苦しみを味わうことになるだろう。
「だから、菜々美に辛い思いをしてもらいたくなくて、菜々美の両親が離婚する前に、立ち直るきっかけを作ろうとしたんだよ」
最後はさとすような詩の口調に、私はもう返す言葉はなかった。
浦川くんと過ごした数々の日々。最初は奇妙なことと思ったけど、一緒に過ごすうちに私の中でなにかが変わったような気がするのは事実だった。
「さて、ここからは菜々美に質問です。浦川って人は、なぜ菜々美を助けようとしたんでしょうか?」
「それは、私の今の状況が浦川くんに似てたからじゃないの?」
「残念、不正解です」
クイズ番組の司会者のように大げさに首を横にふった詩が、今度は意味深な笑みを浮かべてきた。
「ちょっと別の角度から聞くよ。浦川って人は音で状況がわかります。だとしたら、クラスの中でも色んな人のことに気づけるはずです。なのに、なぜ菜々美の時だけ浦川って人は動いたんでしょうか?」
「それは――」
詩の質問に、私はうまく答えを見つけられなかった。確かに詩の言うとおり、浦川くんならクラスの中で困っている人を見つけることはできたはず。なのに、なぜ私だけを助けようとしたのかはよくわからなかった。
「はい、時間切れね。まったく、本当に菜々美は鈍感だから」
「ちょっと、それどういう意味?」
「答えは簡単だってこと。男子が特定の女の子だけを助けるってことは、その女の子を好きだからに決まってるじゃない」
なぜか嬉しそうに私の肩を叩いてきた詩に、私は口を開けたままなにも言えなかった。よりにもよって、浦川くんが私を好きだという夢物語を語ったことに、私は全力で否定した。
「いや、私の勘は間違ってないと思う。だって、それ以外に考えられないもん」
私の否定を軽やかにかわしながら、詩はさらに楽しそうに語りだした。
「ねえ、菜々美は浦川って人のことが好きなんでしょ?」
「それは――」
「菜々美、もし私の推測が正しければ、今ごろ浦川って人は菜々美が来るのを待ってると思うよ」
必死に誤魔化そうとする私を遮るように、詩は真顔に戻って私をさとし始めた。
「菜々美、浦川って人を好きなんでしょ?」
有無を言わせない勢いで、詩が詰めよってくる。もはや誤魔化しきれないとわかった私は、全身が熱くなるのを感じながら黙ってうなずいた。
「だったら、行ってやりなよ」
「でも――」
「でもじゃない。菜々美は、本当は行きたいんでしょ?」
「そうだけど、やっぱり綾瀬さんの友達に悪いし」
「そんなの関係ない!」
うじうじ語る私に業を煮やしたのか、詩が机を叩いて私の迷いを一喝した。
「あのね菜々美、自分を犠牲にして優しくするのは菜々美のいいところだけど、時には自分の気持ちに素直になるのも大事なんだよ」
ちょっと怖い顔をしていた詩が、表情を和らげながら優しい口調で切り出してきた。詩は私の一番の親友だからこそ、詩が私を説得しようとしてくれてるのは痛いほど伝わってきた。
詩の説得に根負けした私は、目を閉じて自分の胸に聞いてみた。もちろん、答えは浦川くんに会いにいきたいという一択しかなかった。
それに、もし浦川くんが私を助けるために動いていたとしたら、その気持ちに私は素直に感謝を伝えたかった。
「詩、私決めた。浦川くんに会ってちゃんとお礼を言ってくる」
浦川くんと過ごした時間を思い返した瞬間、私は気づくとあふれる気持ちを詩に伝えていた。
「それがいいと思う。私、菜々美のこと全力で応援するから、綾瀬には負けないでね」
私の気持ちを聞いた詩が、嬉しそうに何度も私の肩を撫でてきた。浦川くんに会いに行くということは、綾瀬さんに会うことも意味してるから、詩なりに私を励まそうとしているみたいだった。
「大丈夫。私、絶対負けないよ」
詩のエールに応えるように、私は決心を口にする。本当は怖くて手がふるえていたけど、勢いに任せて出かける準備に取りかかった。
ただ、嬉しそうにお母さんの所に行くと言った浦川くんが、続けて東京に行く日を口にした瞬間、ショックでなにも言えなくなってしまった。
浦川くんは、すぐに東京へと向かうことになっていた。理由は、転校の手続きをするなら夏休み前がいいらしく、そんなリアルな話によって、浦川くんがいなくなってしまうことをはっきりと感じることになった。
突然の急展開の中、今日の夕方には浦川くんは電車で旅立つというのに、私は相変わらず部屋から出ることができなかった。
本当は学校に行ってお別れ会に参加するつもりだった。そのため、体を引きずるようにして登校したけど、朝から遭遇した綾瀬さんによって、私の思考は完全にストップしてしまった。
『あんた、浦川と仲いいみたいね。でも、それって迷惑なんだけど』
学校に着く前に容赦なく浴びせられた言葉。なにがなんだかわからないでいると、綾瀬さんは馬鹿にしたような笑みで私にとどめを刺してきた。
『友達が浦川のこと気にいってるから、最後に告りたいんだって。だから、見送りには絶対に来ないでよね。そもそも、あんたは学校に来てないんだから、まさか都合よく見送りに来るつもりじゃないよね?』
周りにいた子たちが笑う中、綾瀬さんは無理矢理私に同意を求めてきた。パニックになった私は、なぜか浦川くんとの関係を否定してしまい、気づいたら綾瀬さんの提案にうなずいていた。
その後のことは記憶がなかった。泣きながら帰った私は、誰もいない家の中で悔しさに耐えきれずに声をあげて泣くしかなかった。
電車の時間が迫ってくる中、私は泣き疲れてベッドに倒れていた。自分の馬鹿さ加減にほとほと嫌気がさし、もうなにもかもがどうなってもいいと全てを諦めかけた時、いきなり私の部屋に詩が飛び込んできた。
「菜々美、どうしたの?」
開口一番、詩の心配した声が部屋に響く。詩には今日のことも含めて全てラインでやりとりしていたから、詩は心配になって来てくれたみたいだった。
「詩、私ね、やっぱり見送りには行かないことにしたんだ」
「行かないって、どうして?」
「ラインでも話したけど、綾瀬さんの友達に悪いし、それに、学校に行ってない私が行くのは変だし――」
「菜々美、それ本気で言ってるの?」
優しい口調から一転して声が低くなった詩の顔からは、完全に笑みが消えていた。
「本気だよ。色々考えたけど、やっぱり行かないほうがいいと思う」
「菜々美、もう一度聞くけど、本当にそれでいいの? 今日行かなかったら、一生後悔することになるかもしれないんだよ」
私の嘘を見抜くように、詩が厳しく追及してくる。もちろん、気持ちは行きたいに決まってたけど、その思いを行動に変える勇気も力も残っていなかった。
「私ね、菜々美から話を聞いて一つだけ気になってたことがあるの」
いじける私をよそにだんまりを続けていた詩が、急に真面目な顔つきで口を開いた。
「菜々美は、浦川って人と幸せを探していたっていうけど、本当に探してたの?」
「それって、どういう意味?」
意外なことを言い出した詩にその真意を聞くと、詩はじっと私を見つめてきた。
「綾瀬の家に行った時の話なんだけど、どう考えても変なんだよね」
「変って、なにが?」
「綾瀬の部屋に入るなり、本棚に隠してあった写真を見つけてるし、日記帳まで見つけてさ、まるで、あらかじめ知ってたみたいじゃん」
詩に指摘され、記憶が一気にあの日の夜にとんでいった。確かにあの時、浦川くんは迷うことなく本棚にあった写真を手にしていた。
「ということは――」
「浦川って人は、綾瀬の家に一度行ったことがあると思う」
詩の結論に、私は動揺をおさえきれなかった。あの時、浦川くんは一度来たことがあるとは言ってなかったし、むしろ初めて来るようなそぶりしかみせてなかった。
「でも、なんでそんなことしたんだろう」
「私が思うにさ、浦川って人は幸せを探すというのを口実にして、本当は菜々美に色んな世界を見せたかったんじゃないのかな」
「どういう意味?」
「なんかうまく言えないけど、浦川って人は、不登校になって苦しむ菜々美に色んな人の裏側を見せたり、最後にはきっかけを作った綾瀬の本当の姿を見せようとしたんじゃないのかな?」
詩の言葉に、私はだんだんと胸が熱くなってくるのを感じた。思い返したら、確かに変だといえる場面もあった。もしそれが全て浦川くんの思惑通りだとしたら、浦川くんは私のためにあれこれ動いていたということになる。
「でも、私は浦川くんとは接点なかったんだよ? 綾瀬さんとのことも、浦川くんは詳しくは知らないはずなのに、どうやって私が苦しんでるってわかったの?」
私の不登校は、綾瀬さんとのやりとりがきっかけだ。でも、教室の中とはいえ、ほとんど接点のない浦川くんが、どうやって私の異変に気づいたのか不思議だった。
「そんなの簡単だよ。浦川って人、特殊な力があるって言ってたよね?」
詩は言葉を口にしながら、右手の人差し指を自分の耳に向けた。その仕草が、浦川くんが秘密兵器を教えてくれた時の仕草とリンクして、ようやく全てがつながっていくのを感じた。
「菜々美に異変が起きた日、浦川って人は菜々美の心臓の音で気づいた。だから、菜々美の家に来たんだよ」
興奮気味に語る詩に、熱くなっていた胸が一気に苦しくなっていった。
「そこで苦しんでいる菜々美の状況を知った浦川って人は、登校してきた菜々美の心臓の音を聞いて、菜々美を誘うと決めたんじゃないのかな」
うんうんとうなずきながら語る詩の推測には、引っかかるものはなかった。浦川くんは音で状況を把握できる人だから、心音だけで私の状況を察知していてもおかしくはなかった。
「ここからは私の考えだけど、浦川って人は幸せ探しをするつもりはなかったと思う。幸せ探しは単なる口実で、本当はさっきも言ったように、菜々美に色んな世界を見せたかったんだと思う」
「でも、それが本当だとして、どうしてそんなことしたの?」
「菜々美を助けたかったんじゃない?」
「え?」
「だって、菜々美と浦川って人はなんか似てるもん。浦川って人の両親は離婚してるんだよね? だから、菜々美の辛さは余計にわかったんだと思う」
詩に言われ、浦川くんが両親のことを話した時のことを思い出した。浦川くんは家族がばらばらになったことに悲しんでいたし、独りぼっちになるのを恐れていた。
それは、今の私にもあてはまることだった。もし本当に両親が離婚してしまったら、きっと私も浦川くんと同じ苦しみを味わうことになるだろう。
「だから、菜々美に辛い思いをしてもらいたくなくて、菜々美の両親が離婚する前に、立ち直るきっかけを作ろうとしたんだよ」
最後はさとすような詩の口調に、私はもう返す言葉はなかった。
浦川くんと過ごした数々の日々。最初は奇妙なことと思ったけど、一緒に過ごすうちに私の中でなにかが変わったような気がするのは事実だった。
「さて、ここからは菜々美に質問です。浦川って人は、なぜ菜々美を助けようとしたんでしょうか?」
「それは、私の今の状況が浦川くんに似てたからじゃないの?」
「残念、不正解です」
クイズ番組の司会者のように大げさに首を横にふった詩が、今度は意味深な笑みを浮かべてきた。
「ちょっと別の角度から聞くよ。浦川って人は音で状況がわかります。だとしたら、クラスの中でも色んな人のことに気づけるはずです。なのに、なぜ菜々美の時だけ浦川って人は動いたんでしょうか?」
「それは――」
詩の質問に、私はうまく答えを見つけられなかった。確かに詩の言うとおり、浦川くんならクラスの中で困っている人を見つけることはできたはず。なのに、なぜ私だけを助けようとしたのかはよくわからなかった。
「はい、時間切れね。まったく、本当に菜々美は鈍感だから」
「ちょっと、それどういう意味?」
「答えは簡単だってこと。男子が特定の女の子だけを助けるってことは、その女の子を好きだからに決まってるじゃない」
なぜか嬉しそうに私の肩を叩いてきた詩に、私は口を開けたままなにも言えなかった。よりにもよって、浦川くんが私を好きだという夢物語を語ったことに、私は全力で否定した。
「いや、私の勘は間違ってないと思う。だって、それ以外に考えられないもん」
私の否定を軽やかにかわしながら、詩はさらに楽しそうに語りだした。
「ねえ、菜々美は浦川って人のことが好きなんでしょ?」
「それは――」
「菜々美、もし私の推測が正しければ、今ごろ浦川って人は菜々美が来るのを待ってると思うよ」
必死に誤魔化そうとする私を遮るように、詩は真顔に戻って私をさとし始めた。
「菜々美、浦川って人を好きなんでしょ?」
有無を言わせない勢いで、詩が詰めよってくる。もはや誤魔化しきれないとわかった私は、全身が熱くなるのを感じながら黙ってうなずいた。
「だったら、行ってやりなよ」
「でも――」
「でもじゃない。菜々美は、本当は行きたいんでしょ?」
「そうだけど、やっぱり綾瀬さんの友達に悪いし」
「そんなの関係ない!」
うじうじ語る私に業を煮やしたのか、詩が机を叩いて私の迷いを一喝した。
「あのね菜々美、自分を犠牲にして優しくするのは菜々美のいいところだけど、時には自分の気持ちに素直になるのも大事なんだよ」
ちょっと怖い顔をしていた詩が、表情を和らげながら優しい口調で切り出してきた。詩は私の一番の親友だからこそ、詩が私を説得しようとしてくれてるのは痛いほど伝わってきた。
詩の説得に根負けした私は、目を閉じて自分の胸に聞いてみた。もちろん、答えは浦川くんに会いにいきたいという一択しかなかった。
それに、もし浦川くんが私を助けるために動いていたとしたら、その気持ちに私は素直に感謝を伝えたかった。
「詩、私決めた。浦川くんに会ってちゃんとお礼を言ってくる」
浦川くんと過ごした時間を思い返した瞬間、私は気づくとあふれる気持ちを詩に伝えていた。
「それがいいと思う。私、菜々美のこと全力で応援するから、綾瀬には負けないでね」
私の気持ちを聞いた詩が、嬉しそうに何度も私の肩を撫でてきた。浦川くんに会いに行くということは、綾瀬さんに会うことも意味してるから、詩なりに私を励まそうとしているみたいだった。
「大丈夫。私、絶対負けないよ」
詩のエールに応えるように、私は決心を口にする。本当は怖くて手がふるえていたけど、勢いに任せて出かける準備に取りかかった。