浦川くんに弱音をはいた夜から、私の中に小さな変化があった。これまで重くまとわりついていたなにかが剥がれ落ちたように、不思議と私の心は軽くなっていた。

 その反面、浦川くんが完全に姿を見せなくなったことが、新たな悩みの種になっていた。理由はわからないけど、ひょっとしたら私とは探している幸せを見つけられないと思って誘うのを止めたのかもしれかなった。

 ぽっかりと胸に穴が空いたような気持ちのまま、ただ時間だけが過ぎる日々をすごすなかで、衝撃的なニュースを詩から知らされることになった。

『浦川って人のお父さん、警察に捕まってない?』

 詩から突然送られてきたラインに、私の思考はついていけなかった。ただ漠然と流れ込んでくる情報を必死で理解しようとした瞬間、脳裏に浮かんだのは浦川くんの寂しげな横顔だった。

 詩からもらった情報によると、なにかの事件で詩の学校の生徒のお父さんが逮捕されて話題となり、その話題の中に浦川くんのお父さんの話が出たらしい。

 ――浦川くんのお父さんって、警察のお世話になったことがあるって言ってた……

 浦川くんの話が甦り、頭を切り替えて詩の情報を調べ直す。内容からして、浦川くんのお父さんでほぼ間違いなさそうだった。

 ――浦川くん、どうなるの?

 詩に詳しい情報を仕入れるように頼んだ私は、落ち着かないまま部屋をぐるぐると回り続けた。本当は、今すぐに学校に行って浦川くんの安否を確かめたかった。

 けど、私の気持ちとは反対に、私の体は真っ向から拒み続けた。耐え難い吐き気と頭痛、さらには目眩が襲ってきて、結局ベッドに倒れこむはめになってしまった。

 ○ ○ ○

 薬を飲んで横になっていたおかげで、夜には目眩も吐き気も収まってくれた。急いで詩から新たな情報がないか調べてみたけど、スマホには詩の心配する言葉以外に新たな情報はなかった。

 詩にお礼と感謝の言葉を送り、夜の町に出かける準備を進める。浦川くんが姿を見せない理由になんとなく嫌な予感がしたけど、その反面、浦川くんはいつもの場所にいるような気もしていた。

 両親が寝静ったのを確認し、ひっそりと窓から外へと抜け出す。なぜかはわからないけど、夜の町に出かけるのはこれが最後になるような気がした。

 いるかいないかわからないけど、でも、やっぱりいるという根拠のない確信が、私を神社へと導いていく。すっかり闇に染まった神社にたどり着いたところで、胸の鼓動は最高潮に達した。

「やっぱり、ここにいたんだね」

 石段に座る浦川くんを見つけ、はやる気持ちをおさえながら浦川くんのもとにかけ寄っていく。浦川くんは思ったよりも元気そうで、私を見つけるなり手をふっていた。

「篠田さんも、話は聞いたんだね?」

「うん、友達が教えてくれたの。それで、お父さんは大丈夫なの?」

 言ってすぐに、警察に捕まっているのに大丈夫と聞くのは変かなと思ったけど、浦川くんは特に気にするそぶりをみせることなく、笑って首を横にふった。

「詳しくはわからないけど、親戚のおじさんが言うには、ちょっと長くかかるかもしれないんだって」

「そんな、じゃあ浦川くんは?」

「とりあえず親戚のおじさんの家に行くことになりそうだけど、長くは居られないかな」

 浦川くんによると、未成年者が一人で生活するには無理があるらしく、とりあえずは親戚の人に預けられるものの、すぐに施設に入ることになるとのことだった。

「独りぼっちにならないように頑張ってたんだけど、まさかこんな形になるなんて夢にも思わなかったよ」

 笑顔で呟く浦川くんの肩が、小刻みにふるえていた。きっと、今、浦川くんは泣くのを我慢しているんだろう。

「だったら、お母さんに連絡したら?」

「え?」

「お母さんなら、浦川くんの引き取ることできるんじゃないの?」

「それは――」

「迷っている場合じゃないと思う。ねえ、お母さんはどこにいるの?」

 話を聞く限り、浦川くんは親戚の人に引き取られるよりも、お母さんに引き取られたほうがましに思える。お母さんがどこにいるのかは聞いてなかったけど、そんなに離れていないならすぐに対応してもらえる可能性があった。

 浦川くんを心配するあまり勢いで話していた私だったけど、お母さんの居場所を聞いた瞬間、私の勢いに急ブレーキがかかった。

「東京?」

 いきなりつきつけられた現実に、一瞬、目の前の浦川くんが遠くにいるように感じられた。東京となると、この地方の田舎町からだと遥か彼方の世界になる。もし、浦川くんがお母さんに引き取られたら、もう会うことは絶望的になるのは間違いなかった。

 そう考えた瞬間、私は声が出なくなっていた。じわりとわきあがってくる恐怖が、にじみ出る汗を冷たくさせていった。

「きっと、お母さんは裏切った僕を引き取りなんかしないよ」

 微かにうなだれた浦川くんに、胸の奥がきりきりと痛みだした。浦川くんも、本当はお母さんのもとに行くの望んでいるはず。あれだけ独りぼっちになるのは嫌だと言っていたから、わけのわからない施設なんかに入ったら、浦川くんは一生残る傷を負うことになるかもしれなかった。

「大丈夫、お母さんならきっと受け入れてくれるよ」

「無理だよ。僕がやったこと、話したよね? それを考えたら、今さら――」

「そんなことないよ!」

 相変わらず抵抗を続ける浦川くんに、私はあふれ続ける恐怖にふたをしながら、浦川くんの言葉を遮った。

「私、お母さんとは喧嘩したりもするけど、困ったときはいつも助けてくれるの。だから、浦川くんのお母さんも、浦川くんが困ってるとわかったら、必ず助けてくれるて思うよ」

 迷う浦川くんの背中を無理矢理押すように、思いついたことを伝えていく。浦川くんは下を向いたまま黙っていたけど、その横顔には、お母さんと連絡取りたい気持ちがはっきりとあらわれていた。

「大丈夫だから。私が浦川くんの秘密兵器を信じたように、今回は私のことを信じてほしい」

 最後は、浦川くんの背中を叩く勢いで伝えた。浦川くんはまだ迷っているみたいだったけど、とりあえず連絡してみると約束してくれた。

「必ずだよ」

 そう呟きながら、顔を上げた浦川くんと目を合わせる。

 その瞬間、言い様のない恐怖に包まれた私は、はっきりと浦川くんの存在が遠くなったのを感じた。