「もし、忘れてしまった記憶の中に桐ヶ谷さん自身を苦しめるものがあったとしたら。それを思い出した時に、もしかしたら桐ヶ谷さんが受け止め切れないかもしれない。精神的に耐えられないかもしれない」
「……」
「無理に思い出そうとしてまた倒れてしまったら元も子もない。そうならないように、ゆっくり、焦らずにいくんだ。まだ君は高校生だ。まだこれから先長い人生の半分も生きてない。だからこそ、急がなくていい。時間をかけるべきだ。焦る必要なんてないんだよ」
私を思っての言葉だということは理解できた。立花さんも私の肩をさすりながら頷いてくれる。
でも。
「それでも、……そうだとしても私は。……自分自身のことを早く思い出したい、です」
そう思ってしまう。
「自分のことを何も知らないままは、怖いです」
自分が誰かわからないなんて。そんな怖いことがあるだろうか。
名前も、歳も、誕生日も、家族も。
東海林先生や立花さんに比べたら、確かにまだほんの少ししか生きていない。
それでも、私がどうやって生まれて、どうやって育ってきて、どうやって生きてきたのか。そしてどんな事故に遭ってこんな怪我をしてしまったのか。
私は、どうしても知りたい。たとえそれが、自分が忘れてしまいたくて蓋をしてしまったことだったとしても。
自分自身が耐えきれない可能性があるとしても。
このまま自分のことを何も知らないで生きていく方が怖いと思うから。
真っ直ぐに東海林先生を見つめる。
最初は同じように見つめ返されていたけれど、次第にやれやれ、と言うような表情に変わった。