天気の良い中庭。花壇があって、綺麗な花が咲いていて。
景色を見たくて、フェンスに近寄って。
「……そうだ、風が吹いたんだ」
「風?」
「はい。あの時、急に強い風が吹いて」
それから自分がおかしくなった。
「引き金は、風……?」
「その可能性は、無いとは言い切れないね」
東海林先生の言葉に、一つ頷く。
「でも。だからと言って頻繁に中庭に通うのは禁止」
「え、なんでですか?」
せっかく記憶に繋がるかもしれないのに。次は、何かを思い出すかもしれないのに。
そんな不満が顔に出ていたのだろうか。
「桐ヶ谷さん、よく聞いてね」と、東海林先生は私の左手をぎゅっと掴んで、幼い子どもに語りかけるように視線を合わせた。
「桐ヶ谷さんの記憶喪失は解離性健忘で、外傷からくるものではなくて心因的なものだって言ったよね?」
「……はい」
「つまり、もしかしたら桐ヶ谷さん自身が、何も思い出したくなくて記憶に蓋をしてしまった可能性もあるんだ」
「……」
「自分のことを知りたい気持ちはわかる。でも、それは決して急ぐようなことじゃない。もしかしたら、無理に思い出そうとすることによって脳に余計な負担をかけてしまうかもしれないんだ」
私を諭すように、優しく語りかけてくれる。
私は不本意ながらも、そっと頷く。