記憶喪失のことは、美優ちゃんには言っていない。
だから、龍之介くんにも言うつもりはない。
いくらここで仲良くしていても、それはあくまでも同室の患者同士だからだ。ここに入院している間だけの関係。
退院したら、それぞれの世界に帰っていくのだから当たり前だろう。
そんな関係の人に打ち明けたところで、無駄な同情を買うだけだ。
もしかしたら、退院した後はもう二度と会うことも無いかもしれないし。
……でもそれはそれで、少し寂しいかも。
「奈々美?どうかしたか?」
「……ううん。私も早く外出たいなあって思ってた」
「そうだな。じゃあそのために、リハビリ頑張らないとな?」
「うん」
目が覚めてから一歩も外に出ていない今の私には、この病室の中が世界の全てだ。
ここから出る日を、私は無事に迎えられるのだろうか。
そして、ここから出た後。私にはどんな世界が待っているのだろうか。
それを考えると少し怖いけれど、自分を思い出すためには必要なことだと思うから。
「奈々美ちゃん!お兄ちゃん!ただいまー」
ドアから声が聞こえて振り向くと、車椅子に乗った美優ちゃんが帰ってきた。