───目の前が、真っ暗だ。
まるで無の世界に閉じ込められてしまったかのように、何も無い空間。
右も左も上も下も、正面も後ろも。何もかもが黒く染まっている。
ここがどこなのか、何故こんなところにいるのか。
何もわからない。
しかし、不思議と恐怖は感じなかった。
動けないと思っていたものの、足を踏み出してみるとどうやら歩くことができそうだ。
恐る恐る両手を前に出して、何か触れるものが無いかと確かめながら歩くものの、その手は空気を掠めるだけ。
次第に手は体の横に戻り、警戒しながらゆっくりと前へ向かって歩き出した。
……どれくらい歩みを進めただろう。
何もない真っ暗な空間に、淡い一筋の光が刺した。
それは例えるならば、西から差し込む夕焼けのように、優しく、温かく全身を包み込んでくれるようなもの。
それにゆっくりと手を伸ばす。
すると、どんどんその光は手から逃げるように遠ざかっていく。
───待って!
その時、この空間に来て初めて恐怖を感じた。
怖い。待ってよ。ひとりにしないで。置いていかないで。
あの光を、追わなくては。
本能的にそう感じ取り、遠ざかる光を必死で追いかける。
歩いて、駆け足になり、いつのまにか走っていたものの、息は全く上がらない。それどころか自分の足音すら聞こえない。
無限に足が回転するような気がした。
それに違和感を覚えることもなく、目の前の光に向かって必死で走った。
走って、走って、走って。
足がもつれそうになるのを踏ん張りながら、力の限り両手を振る。
諦めてなるものか。
グッと歯を食いしばって右手を伸ばした時。
ふわり、と。逃げるように遠ざかっていたはずのその光が辺り一面を包み込むように照らした。
足を止めて、周囲を見回す。
そしてその光を浴びるように、ゆっくりと両手を広げて目を閉じた───