テレビの下にある引き出しから、一冊のノートと鉛筆を出した。


それは担任の教師である広瀬先生という女性に貰ったものだ。


私が記憶喪失だと聞いて、何かできないかと思って用意してくれたそう。


広瀬先生は学校で吹奏楽部の顧問をしているらしく、忙しいながら時間を作っては何度か私に会いに来てくれていた。



"これ、何か思い出したこととか、感じたこととか。不安な気持ちとか嬉しい気持ちとか。良いことも悪いことも、何でも良いから書いてみて。そうしたら、そこから何か思い出すかもしれないでしょう?"



そう言って渡された時に、クラスメイトも私に会いたがっていると教えてくれた。


しかし、私の体調や怪我のこと、記憶喪失のこともあり、急に大勢でお見舞いに来ると私の負担になるから、と落ち着くまではまだ行かないようにと言ってくれているらしい。


広瀬先生以外誰も来てくれないのは寂しい気持ちもあるけれど、自分にも友達がいたことに安堵したのを覚えている。


まだ白紙だったノート。それを開いて、一番最初に"甘口のカレーライスが好き。辛いものは苦手"と書いた。


利き手じゃない左手で書くのはなかなか難しいものの、元々器用だったのか読めはする。



"担任の先生は広瀬晴美先生。私にも友達がいるらしい。安心した"


"スマホが壊れてた。新しいのが欲しい"


"この病室に同年代の女の子が来るみたい。仲良くなれるかな"



と時間をかけながら続けて書くと、ノートをパタンと閉じる。


なんだろう、少し満足感があった。


テレビも消して、消灯時間よりも早いものの寝ようと部屋の電気を消す。


ゆっくりと目を閉じると、すぐに夢の中に落ちていった。